角田光代の受賞作品である。遅ればせながら読んでみた。角田さんの作品は結構読んでいるのだが(15作くらいは読んだか…)、有名作品なので後回しにしていた。
二つの物語が同時進行して行って、最後に調和。村上春樹の「世界の終わり……」もたしかそんな風だったような。角田さんの作品は、いつも切ない。涙がこみ上げてくる場面がよくある。悲しい場面ではないのに、だ。不思議な切なさによく襲われる。切なさの好きな人にはお勧めである。
あと、男女間の怒り。主婦の怒りとか、主婦でない人の怒りとか。実に頭にくる場面を描写してくれる。男のまぬけぶりも書かせると天下一品だと思う。男の無神経さや配慮のなさ。身に覚えがあるはずだよ、みなさんも。
そういう感じでいつもこう読後感が悪いのだが、角田作品はまた麻薬のようにぼくの襟首を掴み、読ませようとする。それにどうもあらがえない。図書館で「角田光代」の文字を見て、まだ読んでない作品だと必ず借りてきてしまう、そういう力があるのだった。
引越慣れはしているつもりなのだが、今回は敷金トラブルとかいろいろあってやっと落ち着いてきた気がする。そしてなにしろ、自己所有のマンションに入ったというのが大きい。修理修繕も全部自己責任である。もう貸主とか不動産業者との駆け引きをしなくてもよいのだ。
引っ越して40日ほど経った。いまだ開けていない段ボール箱が四つ。これらはもう要らないものなのかもしれない。家具や雑多なものも「暫定的に」置いているつもりなのだが、きっとこのまま定位置になってしまうのだろう。そして不思議なのだが、もうすでに何年も住んできたような気になってくる。適応の力ってすごいなと思う。
地元のミーティング会場に歩いていった。ほんとに近い。歩いて10分以内。三鷹の頃も近い会場があったが、それより近いかも。自転車使えば、電車に乗らずとも四グループくらい行ける。板橋はそういう面では恵まれた環境なのだ。
家具の確定が既成事実になっていく前に、ベッドとかそういうのも検討しようかなと思っている。ただ、玄関が狭いので、組み立て式しか入れられないかななんて。よくピアノやベッドを引越のときにベランダから吊り下げて入れている図とか見るが、あそこまで大げさにはしたくないしね。
かわいいなあと思う今日この頃。さくらやのマスコットガールに抜擢されて、新宿西口のさくらやの壁に、あんなに大きく登場してから、気になるようになった。お笑い芸人だと知ったのはそのあと。YouTubeとかで芸も見せてもらったが、その愛くるしさにますますぞっこんである。おいお前ちょっとこっち来いよ……って言いたくなる。
木曜日に小茂根バス停そばから自宅まで帰る途中、自転車がパンクしてしまった。あと数百メートルだったので押して帰ったが、改めて後輪をよく見てみると、タイヤはたいへんな磨り減りようである。磨耗、の一言。とくにパンク箇所の辺りはタイヤがなくなっており、チューブがじかに外に露出している有様である。パンクしかるべしといった状況だったのだ。
翌日100円ショップでパンク修理キットを買い、パッチあてをしてみたがどうも上手くいかない。ぷすぷすと空気がまだ漏れている。虫ゴムが新しいものに取り替えて改善するが、パッチ箇所は改善しない。そもそもタイヤがもう老朽化している。このままタイヤが一周裂けそうな勢いなのだ。
根本的にタイヤ交換・チューブ交換をすることに決定。日曜の午前にビバ前野町店へ行き、16インチのタイヤとチューブを購入。しめて1500円程度。後輪をはずしてみた。ギアやディスクブレーキと一体になっていて難航するし、そもそもナットがものすごく硬く締まっていて、スパナではびくともしない。スパナを取り付け、スパナを金槌で叩きまくって、やっとナットが回り始めた。スパナの頭はぼろぼろである。
リム(わっか)から、古いタイヤとチューブを取り外し、新しいものに交換。タイヤをリムにきっちり挟み込むのにけっこう難航した。金具が三つ以上要るね。
二時間ほどかけて完成。自転車屋に頼まず、全部やれた。パンク修理も次からは、ゴムのりの性能のよいものを買えば一人でできる予感。
もともと2005年の七月に買った自転車、まだ三年なのだが、7000円前後の安物なので、ガタが来るのも早いのだろう。修繕しながら、使い倒して行こうと思う。
最近、夕方空が暗くなり、雷がとどろき豪雨に見舞われる…というパターンがやたら多い。7/29(火)の椎名町付近でずぶ濡れになって以来、まるで雷グセのように雷と豪雨が続いている。
高中正義の音楽作品で、1981年頃に「虹伝説」というアルバムがあった。高校入学の頃に買ったLPレコードだった。このなかに同名の「Thunder Storm」という曲がある。雷と雨が始まると、いつもこの曲が脳裏をよぎる。結構込み入ってて、弾くにはややこしい曲なのだが、高校生のときに同級生がライブでコピーして弾いていたのを思い出す。あれから27年も経っている! わたしも歳を取るわけだ。皆さんもね。
● ヒロシ [板橋区はこんなこともやってるみたいですね。 http://www.city.itabashi.tokyo.jp/c_..]
実家行きも終わったし、授業開始も迫っている。ここで東武東上線の定期券を初めて購入した。区間は池袋・上板橋間。ときわ台まででも事足りそうだが、数百円の差なので上板橋まで。イトーヨーカドーにも行けるしね。
小田急OPカードでオートチャージできる西武新宿線のパスモ定期を持っていたので、これを書き換えて今回の定期券にした。定期券自動販売機で「新規」にしてパスモを入れなくては書き換えてもらえないのが、ちょっとわかりにくいね。「継続」で入れると、西武と東武で違うので、当然購入できない。JRのスイカ定期販売機だと「継続」→「区間変更」できるのに、私鉄はシステムが違うようだ。
実家の小倉に二泊してきた。
母の病院でのディケアの現場を見てくる。介護の人たちの元気さに圧倒された。日中みんなで作業をしたり、入浴させてもらったりするようなのだが、71歳の母が最若年らしい。見渡すと八十代・九十代の人たちだ。週一回のケアということだが、親切な人たちに囲まれていて安心した。
今回の小倉行きは、ほかの用事とまったく絡んでなくて、純粋に両親と会ってくるだけの旅行だった。ややこしい話はいろいろとあるが、自分のできることをやるしかないという感じだ。
というわけで、ものすごい勢いで「ノルウェイの森」読了だ。なんとも言えぬ読後感。後悔とか悲観とか、なんかそんな一枚舌で書きにくい。作中でたびたび登場人物が語っているとおり「うまく表現できない」のだ。あまり書くとネタバレになるのでやめておくが、自殺をモチーフにするのは過去の自分を見ているようで、なんともよろしくない。自殺を美化するのは社会的損失だと思う今日この頃。
もっと軽く恋愛していいのかもしれないなあと思う。軽快なタッチなので、それが薄っぺらさを演出するのであろう。簡単にセックスするし、簡単に酒を飲む。中国で大人気なのはこれが原因か? でもたしかに村上春樹にしかない引き込む力、今回も感じた。
14年くらい前に途中まで読んでやめた「ねじまき鳥…」を再度読むべきか、それともほかの作家のものに移るべきかちょっと悩む。時間は有限だからだ。
村上春樹の名作小説を読み進めている。実は20年前は、本郷三丁目のパチンコの景品で取ったハードカバーの「ノルウェイの森(上)」を持っていたのだった。あの真っ赤な単行本である。読まないまま学校を卒業し、九州電力に行くときもそれを持ったまま行ったが、結局読まなかった。いまあの本は福岡の実家の本棚にあるかもしれないし、あるいは捨ててしまったのか、記憶があやふやである。
それをここへ来て、なぜ読みたいという気持ちになったのだろうか。板橋区に引っ越してから、小茂根図書館で貸し出しカードを作り、真っ先に借りたのである。内容もまったく下調べのないままだ。
上巻は読み終えた。実はぼくは村上春樹は何篇か読んでいる。あの妙に薄っぺらな感覚が甦ってくる。薄っぺらというのは批判ではない。日常的にぼくたちが持っているリアルな薄っぺらさなのだ。そして主人公は昼間だろうと何だろうとビールやワインを飲む。これがイヤでここ十年くらい村上作品から遠ざかっていたんだっけ。
メジャーどころはメジャーな理由が必ずある。みんなが支持しているからだ。ぼくもいくらか普通の薄っぺらな生き方がしたいと思うようになったのかもしれない。
よく話題になる路線である。武蔵野線。北朝霞から新秋津までの10分少々を往復した。電車の間隔が長い。10分以上待つ。なんと待ってる間にコンテナが延々連結された貨物列車が二本も通過。旅客本数増やして欲しいなあ。かなりの客が乗っているのだから、増やしても損はないと思うんだが。
あと駅間も長い。北朝霞・新秋津間で160円区間(10キロ未満)が、次の新小平まで乗り越すと一気に290円に跳ね上がる。数年前の冬の寒い日に、(ひと駅だから…と)仲間と新小平から新秋津まで歩こうとしたが、えんえん続く冬の道。途中で諦め東村山から西武線に乗ってしまった。
結局JRと他の私鉄を乗り継ぐ格好になるので、一見ショートカットに見えるが運賃は決して安くない。まあ駅数が少ないので、私鉄の準急電車並みのスピードがある感じはするけれど。
多摩へ行くときはこれからちょくちょくお世話になるかもしれない。
昨年末で全体サービスの役割が終わってから、遠出をすることがめっきり少なくなった。以前ではあまり考えられないことだが、日曜に何もすることがない日がとても増えた。スクーリングなどでまたそれも埋まってはきたが、あちこち出歩かないのは少し寂しいものである。
しかしながら、今年に入ってからを振り返ってみると、五月に山梨へ、また六月に沖縄へ、そして仕事やスクーリングで群馬へ、と考えたら役割には関係ないがぽつぽつ動いている。八月末には九州の実家に帰り、十一月の上旬には札幌でのフォーラムに参加してみようと思っている。最近はJALのチケット発売が二ヶ月以上前からスタートしているし、各旅行会社が価格競争をしている関係上、閑散期だとびっくりするくらい安く動ける。沖縄への四人ツアーは一人あたり往復25,000円だったし、今度の札幌にしても一人往復プラスシングルホテルつきでやはり25,000円だ。片道三万円近くで設定されているあの航空運賃の定価というのはいったい何なのかと考えてしまう。しかしながら競争のない路線(たとえば出雲とかつい最近までの北九州とか)はいまだに片道20,000円を超える。この不公平運賃を何とかできるのは国しかいないと思うのだが、国土交通省はどうにか動いてくれないのだろうか。
● ヒロシ [今はどうだか知らないけれど、 荻窪駅の南口にカメラのキヨシと岩森書店が入っているビルがあって、 そこの上に角田光代の..]