大学生には夏休みだけでなく、変則的ではあるが秋休みもある。小中高校生はおそらく今日から授業が始まっているであろう。
この秋休みの合間を縫って、巡検のガイダンス、定期試験の一部、レポート提出期限、キャンパスツアーのアルバイト、体験活動(木曽観測所)、巡検(富士山)などがある。東京六大学野球の秋の神宮も始まるので行っておきたい。最終週は平日五日間丸ごと富士山への登山を含む巡検でちょっときついかもしれない。しかし、ここのところ平日は授業がないのでかなり楽である。空いてる日はだいたい大学図書館に入りびたりである。最近は地図や地形図を眺めて暮らし、宇宙のことや地球のことをよく考えている。木曽の活動のあとに少し長野近辺を旅行してみる予定。
いっけん無駄にも思えるこの長い休みだが、生きることを学ぶ月間なのかもしれない。もともとぼくには仲間へのサービスがあるので、時間がありあまることはそんなにない。先日は神谷町にも呼ばれて行くことができた。他の人たちとともに生きるのはすばらしい経験である。
幻の路線である西武安比奈線を見に行く。旅客営業はしていない。昔貨物列車が走っていたそうである。西武鉄道の新宿線の南大塚駅から分かれている。「廃線」ではない。休止されているだけらしい。見事にレールが残っている。休止から40年は経っているようだ。立ち入り禁止箇所も多いがレールにさわれる場所もある。町の中、住宅地、田や畑の中、森の中、河川敷と、レールは続いていた。架線柱もほとんど残っている。素晴らしい景観。いつか川越的場まで旅客営業して、高速バス乗り場と南大塚駅を結んでほしいものだ。
埼玉県の北である本庄の町に行く。勉強会の講師のような役を頼まれたからである。ひと様にあれこれ教えて差し上げるほどのものが自分に備わっているのかどうかわからないが、呼ばれるうちが華であろう。なるべく断わらないようにはしている。
団体の伝統に関する経験の分かち合いであった。通常は書籍の中に紹介されているアメリカの経験談を輪読してから、個人の経験を分かち合うのが標準スタイルであるが、今回は講師のような立場である。説明と解釈を加える基調講演みたいなものを二時間、午後は質疑応答に答えたり分科会で皆さんの意見を賜ったりした。
教員経験がとても役に立つと思う。明確にカテゴリー分けする。できるだけ明言する。大きな声ではっきりと。自信がないときこそはっきりと!(笑)。なんか弁論部とか政治演説みたいだ。しかし説得というのはそういうものだと思う。ぼくの経験はこうなのだから、それをはっきり伝える責任がある。
心地よい疲労感の中で仲間とドライブがてら帰途につく。大宮でレンタカー返して終了。いつか都内でこういうことが企画できたらと思う。
思い立って登山の道。青梅線の古里駅から吊り橋を渡って登山道へ。登山道の入り口には獣害防止の柵が設置されている。柵の鍵を開けて登山道に入った。
古里から大塚山までの行程はなだらかな山道をおよそ二時間である。三キロくらいであろうか。とにかく登り続ける。夢中で歩いているとあっという間に一時間が過ぎる。意識して休憩を取る。進みたいが休憩。ちょこちょことデジカメで写真を撮ったり、地形図を確認しながら進む。
そろそろ尾根に近づいてきたので山頂は近いか…と感じてからがけっこう長かった。大塚山まで1.2kmの道標がある。ハンドブックにもよく出てきた「みちしるべ」。とてもいい天気の秋の日に単独登山。大塚山の山頂は標高約1000mだが、初心者の自分としてはちょうどよいくらいだった。山頂には三角点。三角点に感動。
山頂を過ぎて神社から下るとすぐにケーブルカーの駅。ここはもう毎年大晦日に来ている勝手知ったる場所である。ケーブルカーを使わずに降りることなど今まで考えたこともなかったが、ついでとばかり徒歩下山に挑戦。スギの木が並んでいる。しかも番号つき。木の側面に1,2,3…と記されていて、なんと700何番目まである。ずっと歩いて降りていく。つま先が痛くなりひざが痛くなり、滝本の駅まできてギブアップである。あとは西東京バスでJR御嶽駅に戻る。
よい登山練習になった。また別のコースで試してみたい。冬はちょっと寒いかなあ。
東京大学の体験活動の一環で、大学院理学系研究科附属の木曽観測所に行った。木曽福島の駅から大学の先生や職員に送迎してもらう。なんと山深い奥地であろう。星空の観測のため、光が入ってこない山奥に大型の天文観測装置が設置してあるのだ。
アウトリーチ用の画像処理とパノラマ写真の撮影などを体験。肉眼でも見える満天の星空。すごくきれいだ。流れ星も見える。天の川もはっきりとわかる。ミルキーウェイである。
天文学者の准教授に直接指導していただき、大学院修士課程在籍のティーチングアシスタントから助けていただく。楽しい夏の課外実習、あっという間の二日間であった。
木曽観測所での実習ののち、長野県内に三日間滞在した。松本、豊科で初日はすごす。中野沼袋にいたメンバーと再会。夕食を共にする。病後の状況はよいようだ。ご自宅も見せていただく。広い一軒家。日本風のつくりがアメリカ人のご本人となかなかミスマッチだが、気持ちよく過ごしておられるよう。奥様とも楽しく談笑して土曜は終了。
フォッサマグナの構造線を突っ切り大糸線完全乗車。朝、松本駅を出発して、信濃大町や白馬を経て、南小谷、平岩を抜け、糸魚川にいたる。JR西日本とJR東日本を行き交うところ。新幹線営業が目前の北陸本線に沿い、日本海の絶景を見ながら直江津へ。またこちらで乗り換えて上越高田と妙高に向かう。少し電車が混んでいる。しかし長野はすぐであった。篠ノ井まで抜けて鉄道の旅は終了。レンタカーで上山田温泉に到着する。
上山田で信州そばを食べる。量が多い。でもうまい。お腹がいっぱいになったところで上山田から今度は車で菅平高原へ。日が暮れてくる。木曽の再現だ。つまり光のないところで星空を鑑賞。うまい具合に真っ暗な山中で星を見ることができた。妻と山中でひとしきり。
そして今度は須坂がわへ下山。車だと数10kmもあっという間である。高速道路で更埴まで戻り上山田温泉。気持ちのよい温泉に入り二日目も終了。
連休の最終日は車で松本に戻り、信州アディクションセミナーに参加。北海道精神保健福祉センター所長の田辺等先生と再会。休憩時間にご挨拶に伺う。簡単な現況報告など。以前理事会などでお世話になったのだ。講演もたいへん示唆深い話ばかりで、ご意見を活用させてもらいたいと感じた。
午後には中座して聖高原へ。くねくねした山道を車で登り、聖湖にたどり着く。夏山のリフトで頂上へ。絶景の長野の山々。野口五郎岳が影に隠れて見えなかったのがちょっとだけ残念。しかし他の2000m,3000m級の山々はすべて見えた。
篠ノ井でレンタカーを返却し、長野から高速バスで東京へ。最終日とあって上信越道と関越は若干渋滞気味。しかし鶴ヶ島Jctからは流れ始め、無事22:00には池袋へ。長く楽しい旅であった。
以前勤めていた日本ジャーナリスト専門学校元校長の細島泉氏のお通夜に参列。88歳。東京帝国大学出身の大先輩でもある。毎日新聞社の取締役をされていたこともあり、関係者が多数参列されていた。
自分がこの学校に勤めていたのは1991~2010年だが、細島校長の在任期間をすべて含んでいる。労使の間でもいろいろなことがあったが、校長が退任されたあともずっと年賀状のやり取りだけは続けさせていただいていた。昨年の年賀状に「一度、六大学野球の応援にでも行きませんか」と一筆添えたばかりであった。実現せずじまいになったことが悔やまれる。
受験を続けていないと英語力が維持できない感じがする。語学とはそういうものだ。夏の間バイク通学になったこともあって、iPodで英語リスニングをする習慣も休止したままになっていた。おそらくスコアは落ちているに違いない。しかし、受験することで契機が維持され、気持ちが持ちこたえるのだ。何もしないと学問は忘却の彼方。少しでもいいから結果を出していきたい。
月曜から金曜までの五日間、泊りがけで富士山と丹沢の鉱物学実習。正確には「地球惑星環境学野外調査III」である。理学部から三台のワゴン車で富士に向かい、まずは富士山の噴火についてのエビデンスを確認してゆく。一口で富士山の噴火といっても年代によっていろいろ呼び方がある。そしてその堆積物。「宝永パミス」「二ツ塚スコリア」「湯船第二スコリア」など。堆積物をサンプリングしてきて、夜は粒度分析と勉強会である。
富士山の調査中は山中湖畔の東京大学の施設「山中寮」に泊まった。ぼくが高校生の頃だったか酒に酔った東大生が山中湖にボートを出して転覆し、死者が出たニュースを見た記憶がある。
富士山噴火の考察はともかくとして、新六合目まで登ったわけだが、やはり日本一の山。体力的に無理だったので途中でみんなについていけなくなったが、はるか上に頂上の剣ヶ峰は見えたし、とても感動した。
ここは地球なんだと感じた。スケールがすごい。風。冷たさ。視界の広さ。音がないこと。持ってきたパンの袋がはちきれんばかりに膨張している。気圧が低いのだ。標高2400m~2500mくらいの六合目付近でこうなのだから、上はもっとすごいのだろう。いつかまた捲土重来。
後半は丹沢付近の探索である。おもに河内川の川原を中心に露頭を調査した。古い丹沢層群と新しい足柄層群。プレートのぶつかりと沈み込みでこのあたりは力を受けている。富士山からの古い溶岩流。そして火山灰の堆積。北半球の中緯度地域では風は西から偏西風が吹くので、富士山の火山灰はこのあたり一帯に非常にたくさん積もっているのである。
沢の水はとてもきれいで、川原にはトーナライト、アンフィボライト、クローライトなどのたくさんの変成岩があふれている。その形や粒径を調査する。いろんな構造。何千年も何万年もかけて、これらの石ができていることを知る。先生の説明があまりに明快で驚く。はっきりとすばやく質問に答えられる様子は、知見の多さと質を感じる。あのような研究者になりたいと思う。
河内川の途中で、人が一人やっと渡れるくらいの吊り橋に遭遇。全員順次渡る。歩いていると振動で共振する。手放しでは渡れないスリル。一人だったらどうだったろうなあ。
神縄断層をまたいで層群が一気に変化する。涸れ沢。そしてまたトーナライト。滝が流れるところもある。花崗岩の面構造。現場にたくさんある石たちに圧倒されながら巡検は終了。丹沢荘の食事はこれまでの巡検の中ではトップレベルの豪華さとおいしさだった。そして東名高速を走って東大の本郷キャンパスに到着。