…のつもりだったが、朝から洗濯・掃除などしてしまった。ていうか、今日やらないといつやるのだ、っていうこと。一人ぐらしに慣れてはいるものの、生活の些事はほんとにいつもついて回る。決して嫌いではないし、その証拠に時間のある年末年始とかは掃除・洗濯やりまくるのだが。
来週に控えた全国評議会に向けて、いろいろ事務的なことをこなしていく。過去数年の議事録も、ピックアップして流し読みしたり。すでに決まっていることを覆すのはなかなか難しいだろうなぁ…とか。ひとりで考えてると具合悪くなるね(笑)。
気分を変えよう、と、新宿に出てちょっと早い夕飯。丸の内線の定期があるので、新宿三丁目で下車して餃子の王将とかに行ってみる。お腹いっぱい。今度行くときは半ライスにしよう。
大塚へ。いつも遅刻して行ってすみません、伊○さん。「喫煙席はあそこだよ」と小声で教えてくれる。やさしくて、ベースも厚いなぁ(笑)。グループの仲間にも会えたし。
東中野で仲間と待ち合わせ。発表します。「コーヒーおごってもらった」です。ケンタッキーの営業終了直前。店がすいててよかった。コーヒーもうまかった。
今年一年のニューズレターとかに掲載された理事の文書を注意深く読んだり、ゼネラルサービスオフィス発信の文書を読みつつ、午前中は文書整理に明け暮れる。執行側は大変な気苦労だなぁ…とか、ため息ついてみたり。
やはり要らない書類はボンボン捨てていかないと、収拾つかない。思い入れはとりあえず脇に置いといて、「必要な」ものだけ保存。事務屋はきっとそういうポリシーがないとできないんだろうなぁ。自分も事務屋だったっけ。
ヨコハマ・ヨコスカー。京急は飛ばす。湘南地区の委員会に午後参加。市民活動サポートセンターって、会議室じゃないので床面積広くて快適だけど、すぐそばなのに声が散って届かない。聞こえないのってけっこう苦痛。でもまあ今日は顔見せのつもりだったし。
サービスにかかわっているメンバーが多いせいか、報告会日程もあっという間に決まり、段取りも早い。来月早速報告会。早。ホスト側集めなきゃ。
京急・東急・営団乗り継いで帰ってきました。意地でもJRは使わん…みたいな。パスネットの消費が著しい。でも寒かった日のせいか、どの電車もすいてました。
また週のはじまり。労働は無限地獄だなぁ。安定と賃金は入ってくるけれど。水・木あたりになるともう慣れてくるんだけどね。
JTBトラベランドで高速バスの予約をした。チケット購入も。そしたら、なんと、手数料取られたよ。315円だけど、これは驚いたなぁ。もう発券しちゃってるし、やむなく払った。事前に言えよなぁ。航空券やJRチケットだと取らないのにね。それとも高速バスのみ例外なのだろうか。コンビニ決済とか電話予約だとそんなことないのにね。あー、なんかだまされたみたいで後味わるし。他の旅行代理店もそうなのだろうか。
組合協議会の会議が池袋で。激しく争う場面があると、その場にいるだけでしんどい。労使で激しくののしりあう場面だと、逆に楽しく血も踊るのに、不思議だ。
21:00終了。ホームグループのプログラム、三回連続カット。もう死んだことになってるかなぁ(笑)。
ミーティングの後、仲間といろんなやりとり。もちろんすべて今週末の評議会に向けて。ひとりで抱えていると大変だけど、仲間と話し合うといろんな側面も見えてくるし、荷物も軽くなる。このサービスのわかち合いは他のなにものにも替えがたいです。こうしている平日も、昼間は仕事があるわけだけど、頭の中はほとんどみんな評議会のこと。10日全日と12日の午前は休暇行使するつもりだけど、一週間くらい丸休みしてもバチは当たらない気がする。
一年分の地域委員会や地域集会などの書類を整理。自分の手元に届いたものはそれだけではないが、実にたくさんの紙が使われていることに驚く。自分はけっこう「捨て魔」であると自負しているのだが、処分に処分を重ねた上でもまだあまりあるこの紙の山。
時間を延長して20:45まで。グループの良心。この間、評議会のことは忘れられた。すこしその話もしたかったところだが、他の議事でそれどころではなかったね。いまグループの役割は引き受けていないが、今月の伝統ミーティングの司会だけは手を上げてみた。これで少なくともその日は、何があっても必ず行ける。
評議会が終わったら、禁煙してみようかな…とか思う。そんなこと公言したら、明日は雪かもね(笑)。ヘビースモーカーであり、だいたい一日30本程度は吸っている。今も現に灰皿でタバコに火がついてるし。
…「とか思う」だけであって、するかどうかはわからない。思うだけかもね。でも何かと同じで、やめたいと思う「願望」が発生している時点で、もう第一歩は踏み出したのかも。
担当授業は今日で終了。あとは期末試験を実施しておしまい。一年なんてあっという間ですな。いつもながら残念なのが、学生のみなさんの顔と名前がほぼ一致してきたころに、年度が変わって次の学年となるのである。これも癒着しないための輪番制なのか。贈賄もできないね。スキャンダルも起きぬ。いいことだ。
組合の会議。思ったより早く終わったので、そのまま神楽坂へ。仲間とわかち合い。きょうで定期が切れた。次の営団定期は、二月の小の月で回収率が上がらないので、最小限の区間にしたい。でも、落合・高田馬場間という公式通勤経路よりは伸ばすけど。
猫がサカってませんか。少なくともうちの近辺と世田谷近辺ではサカりがついててうるさいみたい。夜中にやらんで欲しいよなぁ。でも本能のままにどうぞご自由に…とも言ってあげたい。春が近づいているのね。
全国評議会に向けて、休暇申請。月曜の飛び石と、会議翌日の午前を休むことにする。つつがなく今週の業務はすべて終わった。労働組合のことも多かった。今年は日曜から評議会がスタートするので、土曜日が一日「あそび」となる。結局資料読んだり整理したりになりそうではあるけど、すくなくとも体は休めて会議を迎えられそうである。
前回1000円カットの看板どおりにやらない店で痛い目にあったので、今度は念を入れて注文。もちろん別の店。キャッチバーもどきの売上を上げようとする店になど二度と行かないよ。
今日のところでは「カット・衿ぞり」と明確に注文。「はさみにしますか」と聞かれたので、そうしてくださいと答える。黙ってシャンプー台あけたりもされなかったので、よかった。額面通り990円であった。
グループで話ができたのはなんか久しぶりであった。ここのところ何かと苦難続きで、正直に話ができるのは神楽坂だけだったりしたし。でもきょうは元に戻れたような気がした。2,3年くらいのメンバーとたわいのない話をするのも、最近楽しい。なんか相談されたりすると、自分でも役に立つときがきたのかなぁ、と思う。
カッターシャツが底をついたので、夜だけど洗濯。明日やると日曜早朝に生がわきで着なくてはいけないのを回避するため。シャツくらい多めに買っといてもバチは当たらんとは思うのだが、どうも「余剰」が嫌。とても嫌。「足りない」くらいが心地よいのである。
午前11時まで寝ていた。ここ数年の最長かもしれぬ。評議会までついにあと一日。残りの洗濯を済ませた。あとは資料整理。身体的にはかなり休息が取れた。
というわけで、評議会会場に明日早朝から入り、3日間の缶詰となってきます。次回更新は2/11(火)深夜を予定してますが、その日はもう帰って寝るだけかも。グループの良心が届くよう、自分のできる範囲での奉仕をしてまいります。
終わった。必要なことはさせてもらったし、言いたいことも言わせてもらった。そして愛と共感のプログラムに戻る。生きられるようになってきたという実感。
学校のインターネットが、回線が月曜から切れていたようである。なんでまたこんな一年で一番忙しいときに…とか思うのだが、それも神様のなせる技なのか。ルーターの自動接続と任意IP割り当てが効けば、何も考えなくても切断が復旧するのだが、安物のルーターを買ったおかげで、ネットワークが麻痺してしまう。年に何度もこういうことが起きるようなら、ルーター買い替えだな。
そういうわけで、きょうは午前中半休で、ゆっくり朝寝して行くつもりだったのだが、9:00に学校に電話して、総務の人に復旧作業をしてもらうことになった。半休取り消して出勤するほどではなかったけどね。午後から出勤。5日ぶりの仕事になった。
グループのミーティングへ。時間ぎりぎりで到着。無事に終わって、家路に着く。最近出席メンバーが固定化しつつある。
日曜朝までのタイムリミットでやらなくちゃいけないことがある。評議会の報告項目一覧。土曜にやるしかないかなぁ。平日もう一日休むという手もあるが。
昨日はなんか、熱に浮かされて、うわごと言ってるような感じだったなぁ。全身の神経がバラバラに逆流してるような。でも今日になってみて、一気に楽になりました。離脱症状があるのは容易に想像できたけど、きのうはかなりつらかったよ。だって18年近く、タバコ吸わなかった日は無いんだものね。
これでもう禁煙50時間続いております。二日乗り切れば勝ちだね。もう、なんかあとはずっと続けられそうな予感。
あ、毛穴。なんのことか分かんないね。毛穴が詰まっていたような感覚が昨日一日あって、それが非常に辛かったのだ。全身が、毛穴として、体中が毛穴っていう感じ。からだがタバコを吸ってるときに戻りたがっているのを、強烈に感じました。とにかく強烈だった。うまく表現できないんだけど、とにかく、その引力がきのうは凄かったんです。きょうはもうその感覚が全然ないの。ふしぎー。
● まさみ [すごいね〜。私も簡単にやめられるなら煙草やめたいけど・・・ 私自身は禁煙経験はないのですが、内の母曰く「煙草を止めて..]
評議会が終わって、初の休日です。からだと頭を休めることに、きょうは専念します。明日(関東甲信越地域集会)のための仕事はもう終わっていて、仲間の協力に感謝しております。
来週からはまた遠出したりとかが始まるんだけど、それはそれでまた、別の領域へのエネルギーの消化という感じ。ゼネラルはゼネラルで、ローカルはまた別で…ってこういうことかも。
ほんっとに何もしない休日でした。いかの唐揚げ買いに行ったくらい。さあ、明日は集会。
● すらっしゅ [携帯からでも読めるんですね。職場から書き込んでみました。]
副議長選出など。きょうはなんかほとんど自分の席に座ってなかった気がする。ゼネラルサービスのぜんまい。
地区委員会へ行って、先週の評議会報告第一弾。きびしい質疑応答もあった。冬の雨、そしてきょうは雪の降る場面も。
家に帰ってきて、一日の疲れを思う。そして明日は仕事。仕事が邪魔。この二週間くらい、仕事が邪魔でしかたないのだ。でもまあ我々のサービス活動は、副業なのだとマニュアルにも書いてある。だから不満など言えた義理ではないね。
やめ続けている。まるまる四日が経過した。24*4=96時間。まもなく100時間を突破。でも、へんな目標や達成を考えても、への役にも立たない。「今日一日」やめるのみ。そしてまた明日。
日曜にフルで動いた翌日月曜の仕事は、やはりオーバーヒート。ぐずぐずと考えてなくて、さっと午後から帰ってしまう…というのも手だなぁ。きょうは結局最後まで仕事して、メッセージも行って、という普通の日となった。
書類作りしたり。これは仕事のうちに入るのだろうか。扶養控除や年末調整の書類は就業時間中にやることも許されるようだが、確定申告は微妙なところ。還付税額もバカにならないですよ。収入の一割を、有無を言わさず源泉徴収するのって、国民をなめてるとしか言いようがない。経費ゼロで生きているという前提なんだもんなぁ。それよりも、贅沢してる人たちから税金巻き上げるべきだと思うよ。二十万円稼いだ人から二万円持って行くんじゃなくて、二十万円使った人から二万円持って行くのが、正しい税収。したがって、消費税10%も賛成します。その分、所得税を大幅減税です。
ここんところ、またしんどい日が続いています。コーナー更新見合わせも選択肢の一つとして浮上。
ここでやはり復活せねば…と思った。忙しいのは、評議員をやってるからなのではない。たしかに「苛酷な」役割ではあるけど、わたしが思い通りに時間をマネージメントできていないのは、おもに「仕事」と「組合」なのである。過去の自分のようにそれらを「取るに足らぬ」と断言することはもうできない。相応の責任が伴っていることであり、それなりの報酬も受けているからである。そしてここが重要なことなのだが、報酬は金銭だけとは限らない。そしてそれらはわたしの都合に関係なくやってくる。当然だ。わたし個人がやっているわけではなく、組織としてやっていることだからだ。だからわたしが「合わせる」ことになる。だからわたしがほかのものを「犠牲にする」ことになる。それで成り立っているのだから、当然なのだ。犠牲にしない人もいる。それはそれで、他人のことだから知らない。関知しないのだ。
それにひきかえ地区委員の役割も評議員の役割も、自分のプログラムを犠牲にしてまでのことは要求されなかったのである。個人の活動なので、自分がやるかやらないかなのだ。他のことを犠牲にするなんていう余地はそこにはない。それ自体が最優先事項だからだ。与え続けていかなくては、われわれは死を迎える。サービス活動はけっして免除されることはない。どんな小さな形をとるとしても、目的は一つだからである。
おそらく理事になってもそうだと思われる。三つのレガシーはきちんと三角形に形どられているのだ。それぞれが互いの足を引っ張ることはなさそうだし、これまでもそうだったみたい。忙しくて、できない、ということはない。忙しいのでできないということを言ってみたいだけなのだ。忙しくないのだ。忙しいと言えば忙しくもなるが、寝る間も惜しんでという程でもない。たしかに「30分も時間があれば速攻で寝る」ということはあっても、時間は作れるのである。自由な時間が一日に2時間(22:00〜24:00)しかなくても、まるまる一日なにも無い日でも、自分のできる仕事の量はたいして変わらない。すくなくとも自分の場合はそうみたい。何かの原因で「忙しい」と言わざるを得ないようなときというのは、バランスが崩れているだけみたいである。
そしてやはり言えることは、このプログラムは土台が必要だということ。その土台とは定期的にミーティングに出るということのようだ。「定期的」という言葉は実に自分の都合の良いように使えるので注意したほうがよいようだ。他の人たちがそれを使っているとき、どのように都合良く使っているかが、ほんとに良くわかる。土台が無いとベースがなくなっていく。もともとおかしいわけだから、さらにおかしくなる。そして自分の間違いに気づいて元に戻るという段取りなのである。しのごの言わずに「毎日出る」。それでいいみたい。出れなくてもいいが、毎日出るのだ。すごい矛盾。でもこれでわたしは続いてきた。
この二週あまり死にそうであった。プログラムをなめているとこういう目に合うようだ。理解者はいつも周りにいたのである。そして正当な評価もいつも降り注いでいた。集会・委員会・報告会・委員会と、みつどもえ・よつどもえになりながら続く流転の役割であったが、つねに伴走者がいて、つねに話し合いができていたということに気がつけなかったのだ。そして常にフリコは戻されていたのである。徒労に終わっているようでいて、実は次々に霊的な息吹は注がれていたのだ。
手に入っているものの価値は見えなくなるし、いまだ掴んでいないものは欲しくて仕方がない。こういう病的な考え方というのはずっと長く改善し続けて行かないと、変化しないんだろうね。そして、人の姿を見ていると、誤解に誤解を重ね、まるで表面しか見てない自分。話を直接してみたりすると誤解だということにも気づけるのにね。
興味の無いものは興味が無い。まともな生き方を熱望するあまり、無理にまともになろうとしていたところもあったのである。だが、日々の生活がタイトになってくると、もう、そんな無理などしようとも思わなくなってくる。欲しくないものはいらない。それだけである。そして、人が持っているように見えるものは妙に欲しい。そんな強欲の果て。
寒い二月も、もうあと一日。きのうあまりにも暖かかったのできょうはコートを着ないで出かけたら、またまたひどい目にあった。こういうのが今年は多いです。暑さ寒さも彼岸までというから、もう少しの辛抱だね。
やりおおせたように思う。組合もやりおおせた。でも自分のプログラムはどうだったか。ここのところ調子が悪い。でもきょうも仲間の話の中にたくさんの答えがあった。
満足できるものばかりではないが、不完全ながらでも「それでも日々は過ぎて行く」という感じ。すべてではなくとも、必要な範囲で生きているという感じ。
● すらっしゅ [お疲れ様でした。自分が今日を生きていられるのも、メンバーの支えによってだと改めて感謝しています。]