ホームグループのミーティングで話をして、踏ん切りがついたと思う。所持資金の三割を喪失し、もうここで潮時と思った。しらふでの底つきは本当にシビアである。しかしながら、これでもう一喜一憂の生活から解放されると思うと、ほんとうにほっとする。自助グループにつながったときと同じような感覚である。「これで病気を終わらせることができる」
帰宅早々ログインし、全保有株を売り注文。月曜の九時に相場が始まったところで、寄り付きにてすべて清算となる段取り。三営業日を経て、口座に戻して短いようで長かったこの戦いが終わる。
あるはずだったお金のことはもう考えないようにしよう。一年半もすれば、それくらいの金額は簡単に稼げるのである。こころの平和の購入と社会勉強の授業料と思うことにしよう。気が済むまでやったということであったろう。
上野の美術館で開催されているので、行ってみた。kiyochan、さいきん仕事してるん?? まあ、あまりそういうことは聞かないでください(藁。
ダリはずっと昔は好きだったし、似たような絵を自分で描いていたこともあったのだが、ソブラエティーとともに、これも追いやってしまったことのひとつである。じっくりと見てみたが、やっぱり初めて出会ったときのあのインパクトには欠ける。むしろ、作品を見ながら、これは何歳のときの作品で、このころ作者の暮らしはどんなだっただろうとか、妻のガラとはどんな暮らしをしていたのだろうとか、そんなことばかりが頭に浮かんだ。でも生前に有名になって、そこそこ収入も保障されていた画家なので、苦労に対して追憶するほどのものでもなく、純粋に作品性を俯瞰することができた。
十数年前、ぼくは二十代の半ばころにやはりダリの作品展を見にいった。そのときに買った画集を今も持っている。職場のロッカーに入れたままだったので、奇跡的に処分せずに残っているのである。
最近いろいろ古い考えが復活しているが、こういうのって何か、よみがえるものなんだろうね。過去のようにはいかないけれど、楽しみはたくさん世の中にあるという気がする。
ふだんあまり行くことのないミーティング場の開拓。なぜ西武新宿線だけ、こんなにも過疎なのか。西武新宿・沼袋・そして一気に飛んでこの東伏見だ。たった八人のミーティングだった。40人くらいのミーティングに慣れてしまうと、なんだか別世界のように思えるね。でもぼくもこういう少人数会場が自分の原点だったことを思い出す。
この三日間はネット株で三連敗だったが、ホームグループのミーティングがビジネスも含め三連荘であったので、なんとか持っていたという感じである。
金曜はメダルミーティングであった。越し方、行く末のことを思う。仲間の飲んでしまった話というのは、大変なメッセージである。そう、それが他人事ではないというあたりが、とても重要なのだ。だからこうして続けていられているのだろう。
一昨年も11月なんていう季節外れの時期にカトリスを買っているが、今年もまたこの10月になってから蚊取り線香を買ってしまった。
二日続けて深夜の蚊の襲来に目が覚め、睡眠不足になりつつあり、早朝4:00ごろコンビニに蚊取り線香を買いに走ってしまったのである。
線香点火後ものの数分で、つぎつぎに蚊がふらふらと不時着した。たっぷり血を吸っていたようだ。
おかげで部屋の中は線香臭くなってしまったが、これも仕方がなかろう。
あー、自分としては空前の損失かも。よりにもよって、本日値下がり銘柄にランクインしている三井物産と三菱商事を目一杯持っていた。orz。もうこれ以上落ちることはあるまいが、それでもかなり落ち込むね。
食事の話題が続く。きょうは仲間と韓国鍋をつつく。ちぢみや蟹なども。辛い。すげー辛いよ。お尻に悪そう。明日が怖いね。
新宿の職安通りや新大久保のあたりは、もう完全に韓国人の人たちの生活文化圏という気がする。国境作ってあげてもいいくらいかも。スーパーなんかはもう、日本人が買い物に入っただけでも違和感があるくらい。
鍋をつついて、一人約1800円。松屋の豚めしだと六杯食えて、きのうのしゃぶしゃぶの約五分の一。何が高くて何が価値があるのか、よくわからなくなってきた。みんなで食べるとうまいというのは確かなことのようだ。
貧乏性とか前回書いときながら、食道楽は一気にエスカレートする。きょうは木曽路でしゃぶしゃぶ。いやー、すげー高かったよ。一人でウン千円。恐ろしくて正直に書けません。肉の追加だけで2,625円だもんね。ま、きょうの株の儲けの20%と言っておこうか。一時、官僚の不祥事で「◎◎としゃぶしゃぶ」って流行語にもなったね。
でもはっきり言ってぼくにはグラム150円の肉もグラム1500円の肉も、どっちもうまくて、違いはよくわからん。ならば、やっぱり松屋の牛定で喜んでいるほうが、自分の身の丈ということなんだろうね。
きょうは社会勉強にもなりました。店員に帰りのタクシー呼ばせてる客もいたし、金は余るところには、たくさんうなるようにあるのだと気がつきました。
最近よく「明日、死ぬかもしれない」と思うことがある。今日を悔いなく生きるためのスローガンのようでもある。
今夜はうまいものを食おう、と思った。松屋あたりでいつも豚めしやカレーを食っている自分としては、600円くらいする定食類は豚めし二杯分!!とか思うと、途端に、食う意欲が萎えてくる。
とくにこの「牛焼肉定食」に至っては、630円もする。松屋で630円なんて、スペシャルプライスですよ。一度食ってみたかった。ということで、今夜は食ってみました。
塩コショウで焼いてあり、おろしもついてくる。生姜焼き定食のときのあの惨めなくらいの肉の少なさを思うと、さすがに値段だけあって、たくさん肉が盛られている気がした。
そして味は……うまかった。ほんとにうまかったよ。
明日死ななければ、また何かうまいものを探して食べようか。でも父から受け継いだ貧乏性なので、そう簡単には抜け出せずにいるだろう。
重要な問題である。自分がそうしたければそうする。人にやらせるという話ではない。施設や病院に入っているならまだしも、われわれは完全に自由にこのプログラムをやっていく権利がある。
そう、週一回くらい休みを作ってもいいかもしれない。自分に厳しい人は人にも厳しくなる。正しいことを言うときは、正しくない人を傷つける。そんな道理がわかるようになったのはほんとに最近のことだね。