暗闇の中でよろめいている仲間にどうやったら手助けができるのか、迷ってしまうことが多い。思惑と反対の結果を生んでしまったり、何もやらないことが効果を発揮したり、ということも往々にしてある。神の意思に自分を合わせるしかなさそうだ。
中間施設へメッセージ。金髪来訪。もう期限が迫っているけど。仲間が少なかったが、それなりに。ひとり15分。過去もいまも恨みが多いという話。テーマは恨み。
きょうは髪を赤く染めて、代々木へ。秒読みなので何でもOKな感じ。仲間のバースデーであった。月末はバースデーが続く。脱色してから初めて会う仲間がまだまだいる。もうおよそ一ヶ月だというのに。最近プログラムを固定しちゃっているからであろう。
ぼくはまあこれからもぶいぶいやっていきたいと思う。だっていつ死ぬ日が来るのか、わかんないんだぜ。みんな例外なくそうだ。だから悔いなく生きよう。
「やるべきこと」は一段落した。昨日と今日で株や為替の損切をすべて済ませ、新しいポジションや安値株を購入して仕掛けを済ませた。完全に七月時点の状態にリセットされた感じだ。髪の毛ももうすぐ黒く染めなくてはならない。でもこれでまともな生活に戻れると思うと、ちょっとほっとする。
やることがなくて、下落合の図書館や新宿のジュンク堂、そして駅ビルやデパートを平日の昼にうろつくといった、これぞ夏休み!という時間がやっと訪れた。自分のたましいのことや、こし方行く末を思う。代々木公園あたりでタンクトップで日焼けして、文庫本を読みうとうとする。そんな夏休みがまだ過ごせる。9月1日までの渋谷までのJR定期券がまだ生きている。
株で大儲けや大損を繰り返していると、霊的に汚れていくという感じがする。それとまた電車賃を10円20円と節約したり、献金箱に入れる数百円はレベルがぜんぜん別のところにある。そして、毎月もらう賃金はまた別物だ。お金は数字だけのものではない。出入りに力と意思がある。
貯めたお金はまた別のもの。払ったお金は自分を造る。現金は血液だとある作家が書いていたが、身銭を切るともいうね。自分の時間を売るとか、本当に血液を売るバイトもある。これも霊的な要素はあるのだろうか。
ぼくは貧乏で吝嗇な父の血を受け継いでいるので、どう逆立ちしてもブルジョアみたいな気前のいい生活はできまい。ちまちま貯めてちまちま暮らすのが関の山だと思う。ただ、自分のいのちを救ってくれた仲間の共同体には、いくばくかの貢献はしたいといつも思っているのだが。
昼間大久保のQBハウスで髪をちょっと切った。黒染めまであと四日。短くしてみたら小僧みたいだ。うしろなんかはもう黒い毛がかなり前面に出ている。夏が終わるという感じが高まるね。
校長から原稿が届き、テキスト入力する。Web公開用のものだが、チェックしてもらうのに、うちにはFAXがないため、コンビニから送った。一枚50円もかかる。いい商売してんなぁ。でも他にないからしかたない。
チェックが済んだらhtml化だ。公式業務は久しぶりだった。
今年夏公開されたアニメ映画のコミック版だ。映画と同じストーリーが凝縮されている。芳林堂で衝動買いしちゃったけど、やっぱし映画のほうが迫力あったね。
でもラストシーンはコミックもなかなか泣かせる。和子さんの記憶のあたりも。
きょうは自分のグループの会場に行き、とにかくサポートに徹しまくる。次の仲間、次の仲間と、マンツーマンだ。ミーティング中だけが、唯一黙想していられた。そしてまた帰りもサポートしまくる。これだとさすがに、自分が飲もうなんて考える暇もないね。これが奇跡の今日一日なのだろう。
セミナーがあり、きょうも5:30起き。九時ごろ会場に到着。母親と13年前、多摩御陵に行ったことを思い出す。きょうは暑い日だった。
仲間と丸々一日過ごし、一緒に明大前に戻り、夜まで。為替も株も気にせず過ごせて、よい週末だった。
土曜は為替の週末なので朝五時半に起きて手仕舞いを行う。買いや売りのポジションを整理して、六時で終了だ。これで月曜朝七時までは為替のことは考えなくて済む。
そして、昨夜仲間に「明日行くから」と言っておいた救世軍バザー場へ朝向かう。九時の開始時間ちょうどくらいに着いたが、もう黒山の人だかりである。ズボンを二着購入。一着500円である。
ほとんど知っている販売員ばかりであった。高田馬場に戻って食事して、家について、まだ昼の12:00過ぎ。あー、一日は長い。校正の続きをやろう。
……といってもスタンダールではない。一日だけのカラーリングムースがあって、ピンクのものを今日は試してみた。一部だけやってもあんまりかっこよくないね。やるなら髪全部やろう。
それの黒バージョンもある。仕事が途中入ってしまった場合とか、その日だけ真っ黒にするのも可。ただし水で落ちてしまうので、雨降って傘がなかったりしたら、顔真っ黒になるのか。こわー。