春闘に向けての統一行動日。九段の某新聞社前の集会に始まって、神保町をデモ。あー酷寒。微妙に風邪引いていたんだけど、これで確定という感じかな。
終わってから高円寺に向かう予定を組んでいたのだが、JRお茶の水駅で時計を見たらすでに19:30。諦めて帰宅。結局優先順位の低いものから順番にやっていく結果となった。時間的に優先順位の高いものほどあとにあるときって一番厄介ですな。きょうはまさにその典型でした。
さすがに明日は休暇を使いたいところ。でも熱でも出ないことには休めないのです。これは自分の厳しさ。(だから人にもそれを要求する、という話もある)
その時々に応じて、必要なものはすべて与えられているようである。そういう風に思えるときは良い感じのときである。実際今夜なんてまるでそういう感じだった。必要なときに必要な仲間。グッドタイミング。
まだ3月だよ。でも来年のことをいろいろ考えている。理事の選挙も今年あるだろうし。間をおいたらもうきっとやれそうにないかなとか。このままグループのことをふたたび始めるのもいいかも。
最近はどうもダメな感じ。良い考えが浮かばない。
おこないの伴わぬ信仰は死んだものである。行動あるのみ。反復は信仰に変わる。量は質に変わる。逆は偽なり、だ。
近頃、あまり詳細にここに書く気がしてこない。書けないことも多いのだけど、みんな世界が既に違うという変な諦めも多いのである。おそらくはわかりあえないであろうという絶望的な感じ。われわれは共通の経験の上にこそ立ち、そして共通の話をするはずだのに、どうも孤立が進んでいる気がするのだ。やればやるほどそういう感じになる。
でも必要なことはし続けて行きたい。そして続けて行かないと、われわれは死を迎える??はずではないのか。
最近なんかあまり夜更しできないのだ。22:00台に寝てしまうことが多い。23:00台に寝る仲間が、蔭でコテンパンに批判されているのを聞いてぞっとしたことがあったが、それよりひどいね。でもしょうがないじゃん。眠いんだし。
毎朝7:00に、あるいはもっと早く起きなくてはいけないならば、24:00前に寝るのはごく当然という気がする。まあ睡眠時間の短いことを無根拠に自慢している人種もいるので、それはそれでおつかれさま…というしかないが。
神奈川の最南部の地区委員会に出席。評議員4名。このあたりは関東の南だが、各県各地区みんなつながっているという感じがする。
夜の締め。話をさせてもらうことができた好運。ちかごろの自分の中での問題も、そろそろ決着つけないといかんなぁ。神様が望んでおられるのは一体どのような方向なのか。
地区でのメッセージで清瀬へ。多摩はもともと気候が厳しい上、きょうはとくに冬の雨。帰りは仲間の車に乗せてもらって楽だった。だが、日頃暮らすには、少々不便でも、町中よりはよいかもしれない。
やりおおせたように思う。組合もやりおおせた。でも自分のプログラムはどうだったか。ここのところ調子が悪い。でもきょうも仲間の話の中にたくさんの答えがあった。
満足できるものばかりではないが、不完全ながらでも「それでも日々は過ぎて行く」という感じ。すべてではなくとも、必要な範囲で生きているという感じ。
寒い二月も、もうあと一日。きのうあまりにも暖かかったのできょうはコートを着ないで出かけたら、またまたひどい目にあった。こういうのが今年は多いです。暑さ寒さも彼岸までというから、もう少しの辛抱だね。
手に入っているものの価値は見えなくなるし、いまだ掴んでいないものは欲しくて仕方がない。こういう病的な考え方というのはずっと長く改善し続けて行かないと、変化しないんだろうね。そして、人の姿を見ていると、誤解に誤解を重ね、まるで表面しか見てない自分。話を直接してみたりすると誤解だということにも気づけるのにね。
興味の無いものは興味が無い。まともな生き方を熱望するあまり、無理にまともになろうとしていたところもあったのである。だが、日々の生活がタイトになってくると、もう、そんな無理などしようとも思わなくなってくる。欲しくないものはいらない。それだけである。そして、人が持っているように見えるものは妙に欲しい。そんな強欲の果て。
ここでやはり復活せねば…と思った。忙しいのは、評議員をやってるからなのではない。たしかに「苛酷な」役割ではあるけど、わたしが思い通りに時間をマネージメントできていないのは、おもに「仕事」と「組合」なのである。過去の自分のようにそれらを「取るに足らぬ」と断言することはもうできない。相応の責任が伴っていることであり、それなりの報酬も受けているからである。そしてここが重要なことなのだが、報酬は金銭だけとは限らない。そしてそれらはわたしの都合に関係なくやってくる。当然だ。わたし個人がやっているわけではなく、組織としてやっていることだからだ。だからわたしが「合わせる」ことになる。だからわたしがほかのものを「犠牲にする」ことになる。それで成り立っているのだから、当然なのだ。犠牲にしない人もいる。それはそれで、他人のことだから知らない。関知しないのだ。
それにひきかえ地区委員の役割も評議員の役割も、自分のプログラムを犠牲にしてまでのことは要求されなかったのである。個人の活動なので、自分がやるかやらないかなのだ。他のことを犠牲にするなんていう余地はそこにはない。それ自体が最優先事項だからだ。与え続けていかなくては、われわれは死を迎える。サービス活動はけっして免除されることはない。どんな小さな形をとるとしても、目的は一つだからである。
おそらく理事になってもそうだと思われる。三つのレガシーはきちんと三角形に形どられているのだ。それぞれが互いの足を引っ張ることはなさそうだし、これまでもそうだったみたい。忙しくて、できない、ということはない。忙しいのでできないということを言ってみたいだけなのだ。忙しくないのだ。忙しいと言えば忙しくもなるが、寝る間も惜しんでという程でもない。たしかに「30分も時間があれば速攻で寝る」ということはあっても、時間は作れるのである。自由な時間が一日に2時間(22:00〜24:00)しかなくても、まるまる一日なにも無い日でも、自分のできる仕事の量はたいして変わらない。すくなくとも自分の場合はそうみたい。何かの原因で「忙しい」と言わざるを得ないようなときというのは、バランスが崩れているだけみたいである。
そしてやはり言えることは、このプログラムは土台が必要だということ。その土台とは定期的にミーティングに出るということのようだ。「定期的」という言葉は実に自分の都合の良いように使えるので注意したほうがよいようだ。他の人たちがそれを使っているとき、どのように都合良く使っているかが、ほんとに良くわかる。土台が無いとベースがなくなっていく。もともとおかしいわけだから、さらにおかしくなる。そして自分の間違いに気づいて元に戻るという段取りなのである。しのごの言わずに「毎日出る」。それでいいみたい。出れなくてもいいが、毎日出るのだ。すごい矛盾。でもこれでわたしは続いてきた。
この二週あまり死にそうであった。プログラムをなめているとこういう目に合うようだ。理解者はいつも周りにいたのである。そして正当な評価もいつも降り注いでいた。集会・委員会・報告会・委員会と、みつどもえ・よつどもえになりながら続く流転の役割であったが、つねに伴走者がいて、つねに話し合いができていたということに気がつけなかったのだ。そして常にフリコは戻されていたのである。徒労に終わっているようでいて、実は次々に霊的な息吹は注がれていたのだ。
● ami16 [ツッコミじゃないですが風邪っす、昼間よく寝たのであんまり眠くならないっす。]
● junk [リンク元が面白いねぇ 女子校の更衣室はまだしも「1000円カット 久里浜」は笑いました]