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奇跡の今日一日

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2000-06-09(Fri) [長年日記]

_  学内ホームページ制作サークル(申請中)の顧問となる予定のため、今日は初顔合わせということで簡単な特別講義と、そのあとデニーズでお茶。いい感じでした。ふだんの授業もあんなふうにやる気のあるメンバーばかりなら、こちらも授業がやりやすいんですが…(笑)。有志の力というものを感じました。  そのあと高円寺へ飛んで、仲間とミーティング。少し遅刻しましたがそれはまぁ予定されていたことだったので。さらにそのあと、またお茶。帰宅は10:30でした。一週間よく生きたと思います。終わりよければすべてよしと。


2000-06-08(Thu) [長年日記]

_  ASCIIの「Linux magazine」を買ってきました。Kondara,Vine,Redhat,Plamoの四つの著名LinuxディストリビューションがCD-ROMでついてきて\1,390-とは何ともお得、発売日の今日に速攻ゲット。早速Turbo6.0のパーテーションを消して、Kondaraをインストール。インストール自体が目的だったりしますので、Xを立ち上げきれいだなーってとこで、はやくもパーテーションをけしてまたまたVine2.0をインストール。WindowMakerの日本語ロケールががたがたですなぁ。今日はこの辺にしておきましょう。Kondaraのサウンド設定は楽でした。次のインストールはRedhatですか。


2000-06-07(Wed) [長年日記]

_  水曜の夜は「らぶひな」を見ることにしています。うーん、なんか折衷的なアニメというか、典型的でよいかも。  いろいろあって疲れました。あしたも疲れる木曜日。無感情で行きたい今日この頃。


2000-05-16(Tue) [長年日記]

_  いよいよ学生のみなさんにサーバーを使用してもらうということで、FTPのセキュリティを設定していました。こういう仕事ってとても地味だし、いちいち内容を上司に報告するでもないし、コンピュータの前でうなってるわたしって、ちゃんと仕事してるように見えるんでしょうか。ちょっと不安です。wu-ftpdのサーバーソフトをがっちりと設定し、学生配布用のパーミション設定マニュアルも完成し一安心です。  日程がひしひしと詰まっていますが、今日も国分寺で初心にかえり落ち着きをもらいました。原点は大切だと思います。調子づく前に一歩戻る…と。


2000-05-15(Mon) [長年日記]

_  週が開けました。今週もVっと行こう!…ってあれ嫌なコマーシャルですね。サッカー選手でしたっけ。ああやってお父さんたちは企業からこき使われて搾取されて…。まっいっか。最近は少しですがうちでもTVがついていることがあるので(すごい進歩)、たとえば巨人が首位になったとか、小渕さんが亡くなったとか、このkiyochanがなんと知っているのであった^^;。雲仙普賢岳が噴火したことや関西大震災を知ったのは事件後半年以上過ぎてからだったというのは、わたしの「自慢」です。  さて、今日は学校の第二校舎でOCNエコノミーが開通しました。ルーターの設定に思いのほか手間取りましたが、パケットが流れるようになったよん。IPが通るようになった瞬間のうれしさは、Win3.1で初めてインターネットしたときの体験を思い出させてくれます。ネットスケープのロゴアニメーションが宇宙旅行みたいな不思議な気分を感じさせてくれました。DNSもちゃんと更新できて動いてますし、サーバーって素敵です。


2000-05-14(Sun) [長年日記]

_  午前中は日野で新しい実行委員会の立ち上げに立ち会い、早々に大塚に飛んでこちらは秋のイベントの委員会。これまでの心配や焦りとは裏腹に、何もかもうまくいくような気がしてきました。改めて感じたこと「一人の力でやろうとするのではなく、みんなでやる」と。ほとんど一日休日がなくなってしまいましたが、夕方には帰ってこれました。  國府田マリ子の「Pure」からwavをリッピングして、MP3にエンコードしました。MP3プレーヤに転送して明日からわたしのかばんのポケットにはいつも國府田マリ子。…というよりシャオリン^^;でしょうか。五年も前の曲とは思えぬいい感じの曲ばかりです。こういう(アニメ関連の)方面に最近全然ご無沙汰になってましたので、少しは志気が高まるかも。ツインビーって見たことないんです。


2000-01-24(Mon) ぶっちぎりBanshee~LinuxでQuake2 [長年日記]

_  ビデオカード三昧の原稿を書いたのは、初めて入手したAGPカードのPermedia2のバルク品を買ったばかりの頃だったでしょうか。あるいはその少し前だったかもしれません。Permedia2のビデオメモリの8MBというのは、パラダイムシフトだったかもしれません。なにしろ色数の制限をもう気にしなくていいのですから。これは4MBで1024*768のフルカラー・8MBを超えるともう家庭の17インチディスプレイでは手に余るものになってきます。PCIの2MBのビデオカードはわたしの自作の初期のころの流行だったためか、いまだに何枚もダブついています。定番だったS3のTrio64V、DirectXとの相性出まくりのCL5462、展示会で\1,980-でゲットしたATIのMach64VT。それぞれ癖のあるものばかりでした。

 ともかくその後はビデオメモリの大容量なのは当たり前になってきました。Permedia2の次に買ったのは彼の有名なMatroxのチップの載ったMillenium G200です。MilleniumとMistiqueというと一世を風靡した

金の斧・銀の斧

ですね。流行った当時は一枚三万円近い定価が付いていたと思います。PCの世界にそもそも定価があるのはおかしい…という声も聞こえます。いまでも通なショップではこの初代Milleniumや次の改良版Millenium2を売っているところがあります。どこから流れてきているのかわかりませんが、まだ人気が根強いのは確かなようです。そのあとに出たG200は3D性能もそこそこついたということで、スタンダードな地位を築いたのではないかと思います。わたしが買ったのはG200-LEという廉価版です。G200はメモリチップの種類や容量・オプションの有無でいろんなバージョンがあります。このG200-LEはSDRAMの8MB版で、ビデオキャプチャオプション(Marvelというネーミングでセット販売されている)の端子すらない、一番安いモデルです。秋葉原のOverTopで99年12月現在も販売されつづけていますが、440BX以外のマザーでは動作保証がないという条件が表示されています。Socket7ではどうも動かないらしい…という意味のようです。i740もそういう制限が発覚してから急激に価格が落ちていったのは記憶に新しいところです。このG200-LEはそれほど価格が落ちなかったので、ひょっとしたらApolloとかの互換チップセットでも動くのかもしれませんね(未確認です)。

 発色はよいし安定した作りのこのMillenium G200で別段困る点はありませんでした。ビデオカード選定で一番気がかりになるのは、ドライバです。ふつうのWin95/Win98ユーザーならリファレンスドライバで十分でしょうし、少しくらい不具合があっても今はすぐにWebにアップデートが公開されます。WindowsNTも95と同様のインターフェイスになってから、ドライバの同梱率はほぼ100%に近くなってきました。問題はLinuxやFreeBSDのX windowサポートです。最新のビデオカードはふつうサポートされませんし、たまたまSVGAサーバーで動くとしてもアクセラレータなしではちょっと寂しいものがあります。しかしMilleniumのシリーズは流行したこともあり、いまでは問題なくXが動きます。そういえば話は戻りますがPermedia2は苦労させられました。Permedia2のためにS.u.S.E. Linuxも買いましたし

 …で、とにかく2Dと3Dのそこそこの性能をWindowsで堪能したのち、我が家のメインストリームがLinuxになりました。このあたりのいきさつは前回のときに書いたとおりで、決定的だったのはCannaでの「かな入力」の実現でした。そしてメインOSとしてのLinuxの環境整備に伴って、またぞろ原動力が必要だと感じてきました。何が何でもこのソフト・ハードを動かしたい…という強い願望がなくてはスキルアップは望めないものです。とりあえずわたしが手を出してみたのは秋葉原の外れ・神田川沿いにひっそりと店を構えるCD-ROMショップ「Laser5」で販売されていた「Quake2 with mission pack for Linux」でした。DOOMを超えるゲームにいまだ出会ってないわたしとしては、ここらで一つ打開したいと常々考えていたからです。無印QuakeのDOS版はもちろんすでに買っていました。その後もあの手のアクションゲームとしては「Duke Nukem 3D」「Tomb Raider無印」「Sin」と購入しつづけていたものの、どれもステージ1すらクリアしないまま

CD-ROMの積読状態

になってしまい、それ以上の意欲が湧かないままでした。Linuxになったので転換を図る意味でも、新ゲームの導入は必要に思えたのです。

 CD-ROMを差し込み、マウントして、セットアップスクリプトを動かすと、自動でインストールが進みました。そこまではよかったのですが、空き容量が足りません。ん? なんでだろう。まだ100MBくらい空いていたと思ったけど…みんなハードディスクにコピーしてやろうとすると200MB~300MBくらいは軽く必要なようです。最近のゲームときたらDOSやWinだけでなく、Linuxですら容量大食いなんですね。Winと違ってファイルシステムの一部を別パーテーションにするのはLinuxでは簡単です。ドライブの概念というのがなく、どのツリー以下をこのパーテーションで…という「ほんものの」Directory構造ですね。とりあえずわたしは/usr/local/gamesを別パーテーションにとってみました。そして再びセットアップスクリプトを走らせて、cd /usr/local/games/quake2とやって、./quake2で無事起動しました。DOS版のときに十分遊んでいなかったので、QuakeとQuake2の違いがいまいちわからん。しかしまぁ問題なく動いているし、音も出ています。これってCD-ROMの音楽トラック読んでるので、MIDIでやるときみたいに苦労しなくてすみます。差し替えればほかの音楽でもいけます。宇多田Quakeとか、エヴァQuakeとか…^^;。最終面でベートーベンの第九とかが演奏されるように音楽CD焼いとくといいかも。

 しばらくはそれで遊んでいられたのですが、どうも気になるオプションメニューがあります。英語びっしりの小さなマニュアル冊子にも出てきますが、glideとか3dfxとか…。ビデオカードによってはハードウェアアクセラレーションがかけられるようです。あっ、これはDOS版のTomb Raiderと同じだ、と気がつきました。OpenGLとかを使って美しく速く描画できるというやつですね。よくよく読めない英語を必死で読んでみると、3Dfx社のカード(正確にはチップ)を使えばそれが実現できるようです。Tombのときも確かそうだったと思いましたが、その頃はまだまだVoodooカードがむちゃくちゃ高くて(当時三万円以上だった・嘘みたい…)手を出せる価格ではなかったので、単に諦めたのでした。しかし今(1999/下半期)はどうでしょうか。すでにVoodooシリーズは第三世代の商品「Voodoo3 3000シリーズ」が主流で、初代のVoodoo Graphicや次のVoodoo2(3D専用)・Voodoo Bansheeといったあたりは型落ちで叩き売り状態です(もう中古市場にしかないものも多い)。そこでVoodoo Bansheeを購入することにしました。バルク品がまだいくらか出回っているし、軽く一万円台を切っています。商品としてはMonster Fusionのバルク品を秋葉でゲットしてきました。Win95が出たばかりの頃に買って痛い目に会ったDiamond社の製品ですね。でもチップが3Dfxなのでボードメーカーはどうでもいいと思いました。EDGE 3Dの流れを汲むTNTシリーズにどうも手を出せないのはこの辺のトラウマがいまだに尾を引いているからだと思います。

 買ってきまして、早速AGPポートのG200を外し、Bansheeを取りつけました。Win98/WinNTのドライバは簡単に入りました。そしてまずやってみるのはHDBENCH(もう定番)ですね。ビデオのベンチマークを取ってみて驚きます。G200で驚いたスクロール性能があっけなく打ち破られました。

こんなに速いスクロールははじめて

です。次に驚いたのはDirect3Dです。BansheeのDirect3Dベンチを見て、ああこのテストはこういう動きを目指していたのか…とはじめてわかったような気がします。

 そして次は問題のLinuxです。Vine1.1を使っているのでXのバージョンはXFree86の3.3.3です。G200と同じSVGAサーバーで動くはずなのに、startxと打ってもディスプレイが「プチ」というのみで、コンソールの真っ暗闇に戻ってしまいます。インターネットでXFreeの情報を入手してみたところ、Bansheeが動くのは3.3.4以降ということがわかりました。うーん、惜しい、あと0.0.1くらい負けてくれんのかいな。競売じゃあるまいし負けてはくれません。そこでPermedia2のときにもさんざんやった、X-Serverのバイナリだけダウンロードしてささっと入れ替える、という一番労力の少ない手段に出ました。これで無事bansheeでXが起動するようになりました。気のせいかマウスの動きがやけに滑らかな感じがします。ほんとに気のせいでしょう^^;。ディストリビューションごとの比較記事がよくLinux雑誌に出るようになりましたが、いまのところXFree86のバージョンが3.3.4以上でBansheeがちゃんと動くものは、TurboLinux4.2とRedHat6.1です。X-Serverを入れ替えるだけですとX-TT(日本語フォントを簡単に追加できるサーバー)がうまく動かなかったりするので注意してください。わたしもこれに気づかず無用なfont.dirの作り替えに無駄な労力をかなり使ってしまいました。

 無事にBansheeでXが動くようになりましたが、まだQuake2のハードウェアアクセラレーションが効きません。ハードウェアアクセラレーションの方法は、ごく最近3DfxのWebページ(driver/linuxのセクション)で丁寧な説明が掲載されるようになりました。これには本当に腹が立ちます(笑)が、わたしの苦戦していたときにはそれがなく、インターネット上に散らばる数々の英語のドキュメントを読み比べて、一歩一歩やるしかありませんでした。せめてもう2ヶ月早く公開してほしかった^^;。詳しいことは3Dfxの公式ページを読んでいただければよいと思いますが、それでここに何も書かないと元も子もないので概要だけ書かせていただきます。rootで作業する時はシステムを壊すこともありえますので、ダウンロードしたパッケージをインストールするときは付属のreadmeファイルを必ず読んでくださいね。

 まずデバイスドライバのソースファイルDevice3Dfx-2.3-1.src.rpmをダウンロードします。--rebuildオプションでこのrpmをインストールすると/usr/src/redhat/RPMS/i386/Device3Dfx-2.3-1.i386.rpmが作られますので、これを改めてrpmコマンドを使ってインストールします。rebuildの際にエラーが出るようだったら開発環境が入っていないということです。開発環境といっても大仰なものではなく、makeなどのいくつかのパッケージが入っていればいいはずです。

 次はglideのインストールです。手持ちのLinuxがglibcの2.0か2.1ベースだったら、それぞれに応じてGlide_V3-2.60-8.i386(.glibc20).rpmをダウンロードし、インストールします。これはバイナリパッケージなので簡単ですね。gnomeだとgnorpmを使うとよいし、もちろんglintやturbopkgなどでインストールしてもOKです。

 これで用意が整いましたのでLinuxを再起動し、Xを16bitモードで起動し、フルスクリーン解像度でdemoを動かしてみます。Xの色数をあらかじめ強制的に決めるには「startx -- -bpp 16」で行けます。16ビット以外のときは例えば8ビットなら「startx -- -bpp 8」ですね。フルスクリーンはおのおののXが1024*768であるか800*600であるか、確認すると良いでしょう。肝心のデモファイルは/usr/local/glide/bin/test3dfxです。うまくデモが動くと赤い文字で「a」のキーを押すと始まる旨、英語で促されますので、おもむろに「a」を押すとよいでしょう。閃光がきらめき、3Dfxのロゴがくりくりっと高速回転しデモが終わります。ここまで動いたら

勝ったも同然

です。

 次にMesaLib-3.1のインストールです。(なお、Mesaは特に追加しなくても動くというような気がします。Glideパッケージにすでに含まれているんでしょうか。quake2のCD-ROMにはMesaのバージョン2のシェアードライブラリが入っていたように思います。まともに動くようなら、以下の操作は必要ないと思いますので、Mesaのバージョンを上げたい・ぜひインストール方法を身につけたい人だけ参照願います。もちろん動作保証などわたしはしません。) Mesaのソースファイルはhttp://www.mesa3d.org/などにありますので、どこかの適当なミラーサイトで入手し、tar.gzなどの圧縮ファイルを展開してコンパイルします。しかしただ単に「make」だけではヘルプが表示されるだけで何も起きません。このヘルプをちゃんと読むためにはパイプをつけて例えば「make | less」がよいでしょう。lessを抜けるには「q」です。lessの抜け方がわからなくて毎回リセットしていた…という笑うに笑えない話をどこかで聞きました。Bansheeでインストールするにはmake linux-386-opt-V2-glideだったでしょうか。問題無くmakeが終わったら、できたバイナリファイルを/usr/libなどの/etc/ld.so.confで指定してある場所にコピーしてください。そしてldconfig -vでシェアードライブラリを更新するおまじないをしてはじめて新しいライブラリが使えるようになります。あとはQuake2をXのソフトウェアモード./quake2 ref_gl softxで起動してから、glideモードに切り替えてやるだけです。ここにこう書いてしまうとすごく簡単ですが、わたしの場合なかなかmakeが成功せず、何度もmakeとmake cleanを繰り返しました。シェアードライブラリだってぜんぜん言うことを聞かず、/etc/ld.so.confを何回となく編集したし、架空のディレクトリを作ってそこにMesaのファイルをコピーしてみたり、試行錯誤しました。コンパイルのことひとつにしても、FreeBSDのカーネル再構築程度しかやったことがなかったし、ldconfigの仕組みもわからないままDOOM2でsvgalibをかろうじてなんとか動かせた程度でしたから、今回の悪戦苦闘で多くのものが得られたと思います。結果のglideアクセラレーションはたしかに滑らかですが、CPUパワーのある最近のマシンではソフトウェアレンダリングでもそこそこきれいで速いので、何も無理に苦労してコンパイルしなくてもよかったような気もします。コンソールのソフトウェアモードでも何の不満もない描画品質ですから、3Dfxは必須ということはぜんぜんありません(これは保証します)。コンソールなら少し昔のTridentやATIの激安ビデオカードでも問題なく動くかもしれませんね。

 逆にハードウェアアクセラレーションをかけたことによって、不都合もあります。わたしのマシンの場合(ていうか設定が甘いのかもしれない)、マッピングがうまくいってないようで、Quakeの

キャラたちがのっぺらぼう

なのです。また、拳銃を撃っていると突然拳銃の弾丸が止まらなくなり、いつまでも打ちつづけて他のキーを受け付けなくなったりします(これってハングアップ?)。フルスクリーンモードだからかもしれませんが、マルチタスクで別のタスクに逃げようにも逃げられず、Alt+F1,F2といったタスク切り替えも効かなくなります。やっぱりハングアップだわ。だれか同じ症状の出てる人、お知らせください。Xを16ビットで起動しなくてはいけないというのも悔しいですね。わたしのビデオメモリをかえせー…みたいな。動きはしたものの安定してないので使う気になれない…というのはLinux版DOOM2も同じことが言えました。LinuxがせっかくメインOSにのし上がったというのに、いまだにDOOM2をやるときはWindowsを起動してるわたしっていったい何。しかもDOS/V版なのだからDOSだけでいいはずなのですが、CD-Rに膨大なwad集(専用線を使ってftpでごっそり落としてきた)を焼いてしまったので、その読みこみにはWindowsがあったほうが楽なんです。いまさら16bitのCD-ROMドライバなんてconfig.sysに書く気がしない、ってことですね。

 話を元に戻しますと、Linuxのデバイスドライバの組み込みというのは、Windowsのようなレジストリというデータベースの介在がない分だけ、単純で見通しがよいものと言えます。要するにすべてファイル単位で物事を進められるということです。基本的にLinuxではカーネルからハードウェアを使えるようにして、そのあと追加モジュールという形でイーサネットやSCSIなどが利用可能になります。今回触れたようなビデオカードに関しては、基本的にはXFree86のそのバージョンで動くかどうかにかかってきますし、これを設定するためのツールはXconfigurator(コンソール版・ほぼ自動)・XF86Setup(VGAのGUIベース・自動)・xf86config(コンソール版・対話的ツール)の三種類が主なものです。経験的に言えるのは古いボードは比較的簡単に動きますが、発売後一年も経っていないような新しいカードの設定は苦労させられます。みなさんもご存知の通りビデオカードの発売サイクルはどんどん加速する傾向にあり、いくらリニューアルしても追いつかないほどでしょう。もちろん最新の物は高いし、財布の中味も追いつきませんね。しかしPC-UNIXの世界も負けていなくて、XFree86のバージョンも次々に上がっていきます。そのたびに新しいビデオカードが動くようになっていきますし、この動きを見ているのはわたしの一つの楽しみでもあります。ただ、AGP2xとか4x・テクスチャメモリの高速化とかはWindowsのドライバあってこその話ですので、高いカードを宣伝に乗せられて買うのであれば、メーカー推奨どおりのWindows環境でそれなりのゲームを使い倒さないと採算は取れないでしょう。Linux関連では2DのデスクトップGUI環境がやっとのことでWindowsに迫ってきたという感じです。タスクバーにショートカットを登録したり、まともに日本語化されたソフトをユーザーが使えるようになってきたのはごく最近1,2年のことです。これはKDEやGNOMEといったデスクトップ環境の進化が大きく貢献していると思います。fvwmやqvwmといったウィンドウマネージャの設定ファイルをエディタで開いて、一つ一つ編集しなくてはならなかった苦難の日々を考えると、ここ最近のLinuxのお手軽さはMS-Windowsに近づいてきているのではないでしょうか。このあたり、質素を旨とするFreeBSD陣営も焦りを感じているのか、3.4-RELEASEのインストーラはLinuxエミュレーションを行うかどうかたずねてくるのが面白いですね。FreeBSDのインストールが終わりX windowを起動すると、

いまだにtwmが立ち上がり、

味も素っ気もないターミナル三つと時計のみがデスクトップに出てくるのには、反骨精神すら感じさせられます。

 いまどきのOS全般に言えることとして、コンピュータの内部の事情はわかりにくいがインストールも使い勝手も簡単。しかしまともに動かないときにどこをどう直したらよいのかわからない。ツールはあっても、それ自体が動かないとお手上げになる。しかも全体的に重い…。ラッピングされているからなんですよ、何もかも。外部メモリの搭載量が最低128MB。192MBとか256MBも当たり前…って世界、なんかおかしいと思いませんか。某日電の9800シリーズを使っていた頃は、みんな4MBや8MBで十分な仕事ができてましたよねえ。でもラッピングが一概に悪いとも言えない面があります。グラフィカルなツールで全体を統一したことで、これからコンピュータを始めようとする人のPCに対する心理的な壁が低くなったことは否めません。特別な教育や訓練を受けなくても、テレビや家電を扱うのと同じようにコンピュータが使えるようになったのはすばらしいことだと思います。携帯電話の爆発的普及と共に電子メール利用者も増加の傾向にあります。各家庭で当たり前のように家電のROMに組み込まれたMozilla互換のブラウザが動き、インターネットのWebページが閲覧できる時代が目の前まで来ているのです。簡単なインターネット接続サービスで利益を得ようとする企業と、安い費用で情報を得ようとする顧客の思惑が一致したのです。ですから「インターネットするにはコンピュータが必要。それには20万円以上の投資が必要」という図式は壊れようとしていますね。携帯やPDAでブラウザが動いてますし、いくらAppleやPCメーカーがP3やG4の高価なPCを売り込もうとしても、もう客はたくさんの金を出しません。この自由競争の中で、軽くて速いLinuxが一気にのし上がるんじゃないでしょうか。WinもDOSもMacもLinuxも共通して言えるのは、専門知識が必要で困難な作業はインストールやソフトのセットアップ・プログラム開発に限られるわけですから、使う側から考えれば、とにかく電源を入れて使いたいソフトが問題なく動けばいいわけです。現時点で主流になりつつあるのは10万円前後の安売りPC/AT互換機+Windows98プレインストールといった線でしょう。メールの読み書きやWeb閲覧ができてワープロも打てる・もちろん日本語にも対応しなくてはならない…となると、Linuxはもう一歩という感じがします。OSがDOSからWinに急激にシフトしたのは記憶に新しいことと思いますが、DOSが嫌がられたのは

「コマンドラインが嫌だ」

という一点だったのではないでしょうか。文字をたくさん打たないといけない・面倒・覚えることが多すぎる…といった理由でコンピュータに一目置いてしまった人は多かったと思います(わたしもその一人か…)。Windowsも95あたりは構造が単純だったのに、98になってからIEのバージョンアップ・Outlookの複雑怪奇さ(シフトJISコードをメールにして送ってしまうなどという言語道断なソフトは、知ってる限りOutlookだけです)でMSは自分の首を絞めようとしているとしか思えません。しかも起動に時間がかかるし。長時間かかる起動は、わたしはNT4.0で慣れているつもりでしたが、Windows2000は半端じゃないですね。とくにServerはすごい。疲れてるときなんか、眠ってしまうぞー。下手すると三分近くかかります。8MHzや10MHzの古きよき某日電パソコンでも、メモリチェックが終わった後プロンプトが出るまで、どんなに長いコンフィグ書いたって一分かかった試しはなかったというのに。あの巨大なWindowsレジストリがみんな悪い。Linuxは1~2MBのカーネルでほとんど事足りるのです。もうすぐ発売のPlayStation2は中味はLinuxという噂ですが、専用機ですからカスタマイズの必要もないし、これは憶測でしかありませんがカーネルはきっと数百キロバイト(0.1~0.9MB)なのではないでしょうか。

 Linuxの有用性を展開するつもりでしたが、はっきり言ってそうでない面もあります。ソフトが少ない。これは致命的ですね。PC-FXが売れなかったのと同じですか。今後増えるかどうか…はわたしにもわかりません。ソースコードが全部あからさまに公開されているので、その気になればいくらでも直せるというのが一番強い力でしょう。しかしその気にならなければ、依然として「文字をたくさん打たないといけない・面倒・覚えることが多すぎる」という、DOSのときと同じ原因で初心者ユーザーが寄りつかないという現実は受け入れなくてはならないでしょう。コンソール画面に指先からつむぎ出される呪文のようなコマンドラインオプションにしびれてしまう傍観者は今時いないでしょう(これは大学のころのわたし・呪文をつむぎ出すのはもちろんわたしではなくて、研究室の某芦野ドクター。おっと実名だ!)。

 というわけでせっかく動くようになったLinuxでの3Dfx Bansheeのハードウェアアクセラレーションでしたが、とある理由でBansheeはメインマシンから外してしまいました。メインマシンでは今Permedia2が復活しています。Xも入れ替え、Windowsのドライバも入れ替えてしまいました。ときどきこうやってダウングレードを挙行するんですが、ハードウェア性能を落としても大して体感できないことがままあります。パーツを少しずつ入れ替えることで自作コンピュータというのは生きたマシンになるわけで、次々に仕様が変わることで不安定要因にもなります。だいぶ入れ替わってサイボーグ状態になってきたなぁ…という頃合で、思い出したようにすっぱりとOSを入れ直す、というのが常套手段ですね。とくにWindowsの場合は膨れ上がったレジストリが一気に小さくなりますから、パーテーションの初期化とOSの再インストールは

体感速度が劇的に向上

します。例えばわたしの職場のマシンのNTFSパーテーションはずっとOS入れ替えをやってませんが、一年前のベンチマークとはかなりの差が出ています。その点Linuxはレジストリがありませんので、Windowsのように使いこめば使いこむほど遅くなっていくということはありません。

 今回取り上げたBansheeビデオカードは、もう秋葉原の第一線から退いています。入手は困難かもしれませんが、でもまだ探せば新品も見つかるでしょうし(Creativeの3D Blasterということで採用されていたときがあった)、バルク品の処分で出物にもなりそうです。そこら辺のRiva128無印やG200よりははるかに高速なので、5000円以下だったりしたらみなさんも買ってみて試していいのではないかと思います。もちろん最新鋭のG400とかTNT2とかGeforceに比べたら見劣りするかもしれませんが、3Dfx BansheeはDirect3Dを動かしてみるだけでも買う価値があると思えるカードです。


1999-11-12(Fri) [長年日記]

_ 疲労感いっぱいのまま、一週間が終わりました。すべてやり終えたという充実感もありますが、まだこれからのことも。昨日あたりからわたしのメーターは振り切れていたようです。しかし、こういうときこそ新しいものが生まれてくるような気もします。  昨日深夜、過去の「今週のLD」を復刻し、三つほど再公開してみました。停滞気味(安定ともいいますが)の当Webをすこし活性化したい気がします。大きな変更はできませんが、3MBほど増量して、ついにwww総容量が100MBを越えました。うちのプロバイダのエアーネットさんはハッカーに親密にしてくれるとあって、telnetはフルで公開してくれてますし、cgiも思いのまま。ユーザーディスク容量はquotaコマンドで知ることができますし、dfなんかもできるので、サーバーがどんな風に構成されているかも知ることができます。こういうオープンなプロバイダは信頼できますね。外部ネットワークからftpはおろかメールの読み書きさえ禁止している厳しいところもある一方で、エアーネットさんはよくやってくれてるというか、ユーザーを信頼してくれていると思います。念のため付け加えますが「ハッカー」とはマスコミ論調では悪者のニュアンスがありますが、本当はスーパープログラマのことです。悪いことするネットワーカーは「クラッカー」ですね。先日NiftyServeをついに退会しました。いうまでもなく@niftyが発足し、旧来のユーザーを差別的に扱っている姿勢を感じたからです。


1999-09-29(Wed) 最弱Linux [長年日記]

_  おかしなタイトルですねぇ。たしか「最強! Linux」なんていう書籍の題名は聞いたことがあったような…。わたしの場合PC-UNIX歴は浅くてまだ二年です。だからまだまだLinuxは最弱です。エラーが出てバイナリが動かなくて、途方に暮れる^^;という場面にたびたび出くわします。わからなくて手出しできない部分がまだ山のようにあります。Windowsだと開発部分に踏み込むケース以外は「わからなくていい」ということが往々にしてあります。ユーザーはMicrosoftの意のままに操作してればいいということで、変に興味を持ってシステムファイルやレジストリをいじろうとすることは、「危険」なのでやめなさいと言わんばかりの警告があふれています。Win98でWindowsフォルダを開こうとすると、隠されるというのはどういうことでしょうか。ユーザーというのはMicrosoftからは信用されてないんだと感じますね。DOSから続いているユーザーであれば、どのファイルがどこにあってどれがテキストでどれがバイナリか…ということは当然いちばんはじめに押さえなくてはならない基本でした。でもWindowsになってからはそういうのは余計なことらしいです。それが世の中の趨勢かと思っていましたが、LinuxやFreeBSDではやはり何もかもがファイルで管理されていました。ディレクトリとかも、もともとUNIXのものをDOSがまねたという歴史的経緯もあるという話だし、DOSの知識は無駄になっていないと思います。逆にMacやWinのGUIなインターフェイスしか知らないとしたら、Linuxのコンソールなんて

ただの真っ暗闇でしかない

かもしれません。Windows95プレインストールのパソコンをはじめて購入して、DOSアプリを動かしたら、パソコンが壊れたと思ってうろたえた人が続出したという話は、笑えない事実です。画面に衝撃が走るし、急に真っ暗になったら誰だって怖いっす。いったんGUIインターフェイスに慣れてしまったわたしたちは、果たしてテキストベースのコンソールに戻れるのでしょうか。しかしX windowもありますし、起動時のログインから既にXが立ち上がってくる仕掛けであるxdmというパッケージもあります。最近のTurboLinuxとかはよくできたもので、インストールもびっくりするくらいの簡単さになってきました。そしてインストール直後からXが使え、デスクトップは完備され、ネットスケープも日本語化したものが立ち上がってくる…という至れり尽くせりです。ネットスケープメールのフィールドにカーソルをクリックして、Shift+スペースを押すと、いきなり日本語入力が可能になってしまったのには驚愕しました。あぁ、もう、何にもしなくていいんだ…ぼくらは…みたいな(笑)。でもやはりいろいろわかっていないと動きが取れなくなるのは事実です。何にもしなくていい…といっても「Windowsの何にもしなくていい」とは質が違うので、やはりアプリを追加したり設定を変更したりするときには、ターミナルが必要です。全部GUIでやってしまうというのは確かに理想でしょうし、実際GNOMEやKDEはそれに近づこうとしていますが、これが成熟するまでにはまだまだ時間がかかるでしょう。

 わたしがメインのOSをLinuxやFreeBSDになかなか切替えられずにWindowsNTを使い続けていたのは、大きな理由が一つありまして、それは「かな漢字変換」でした。何度かWebでも書いてきたと思いますが、わたしははじめてJISキーボードを触れたときから一貫してかなタイパーだったのです。ですからデフォルトでローマ字入力を前提としているPC-UNIXのフロントエンドを変更しなくてはならないのです。これはもう効率がどうとか良い悪いの問題ではなくて、指が平仮名打ちしかできないのです。無理してローマ字打ちをやれば打鍵数がほぼ倍になるだけでなくキーの場所も不慣れなので、同じ文章量を打つのにも3倍~5倍の時間がかかってしまいます。これではとても使い物になりません。しかしLinuxにはWindowsのIMEみたいに、ボタン一発でローマ字→かなを切替えられるものなど存在しないのです。

 ただ、ひとつだけ比較的簡単に設定を変えられるものがありました。それは商用のVJE-Deltaです。試用版で試してみたところ確かにかな入力ができたのです。早速、今まで使ってきたhtmlなどのテキストを編集しようとしてみたところ、また新たな難題にぶつかってしまいました。VJE-PENというエディタは日本語DOSテキストのS-JISコードを通してくれず文字化けしてしまうということでした。他のEmacsとかに日本語変換だけVJEを使えるようにしてやればいいのですが、それもけっこう面倒です。ああ面倒なことばかり。おまけにEmacsってむちゃくちゃ重いし、ファイル保存すると「*.*~」みたいな気色悪いファイル名のファイルが勝手にできるしうまく消せないし、な~んか嫌な感じ。そもそもソフトがみんなディストリビューションについてくるのがLinuxの特長であり強みだったはずなのに、なんで有料ソフト買わねばならんのだ。しかもそれをNetscapeやEmacsで使うだけでもごちゃごちゃ設定しなくてはいけなくて、ちょー面倒。もうやめよっか…って感じでした。

 最初からどの日本語Linuxパッケージにも入っているCannaにもかな入力を設定するファイルがついてくるのですが、これを設定しても出てこない文字があるのです。たしかに大部分のかな打ちができるのですが、「ね」「る」「む」といった句読点からみのキーが出てこないのです。必死になってインターネット中をヒントを求めて探し回りました。このときかな入力の需要など世の中に何%もないという現実を知りました。わたしは少数派だったのか……。答えは出ません。いつまでもいつまでも、この「ね」や「る」が出ない問題の呪縛にとらわれ続けて生きていかなくてはならないのか、というと大げさですが、実際にそれが大きな理由でメインOSをLinuxに切替えることができないでいたのです。

 しかし、ついにこの出ない文字を出す方法を知ることができました。どこかの掲示版でその答えを見つけたのだったと思います。場所はもう忘れました。まとめますとCannaでかな入力するにはつぎの手順を踏めばOKです。

Cannaでかな入力をする方法

   設定ファイル/usr/lib/canna/default.cannaを探す。ディストリビューションによっては/var/lib/canna/default.cannaなど違う場所にあることもある。エディタで編集します。
   (setq romkana-table "default.cbp")を(setq romkana-table "kana.cbp")に変更する。
   「;;シンボルの定義~」以下の行を全てコメントアウトする(行頭に;;をつけるだけです)。
   ファイルを保存したら、cannaserverを再起動。ps axやプロセスといったことがわからなければ、Linuxを再起動しちゃえば間違いないです^^;。
   これで全てのかなキーが使えるようになります。106キーでは「を」はshift+\、「ろ」はshift+@なのがちょっと使いづらいですが。

 これで全てのキーをかなタイプできるようになりました。ということで第一の難関突破です。これでもうなんの心配もなくLinuxに移行できるぞと思い、慣れ親しんできたWindowsNTをいとも簡単にパーテーションごと削除してやりました。うっしっし。これでもうフリーズ強制リセットのときにWin98が勝手にScandiskかけて、NTFSのパーテーションをズタズタにしてしまう…なんて事故の被害を受けずに済むぞ(何度か起きた実話ホラーです)。そしてLinuxメインの生活が始まったというわけです。

 わたしの場合メインとして使うためにはまず、インターネットへの接続の確保・そして快適なftpとWebの徘徊・メールの読み書き、といった条件が必要です。動かし始めた最初のメインはバージョン1.0で勢い込んで高価な「Pro版」を買い、その後も順調にベンダーの甘い誘いに乗ってバージョン1.4, 2.0, 3.0と買い続けてきた「TurboLinux」です。先日最新のバージョン4.0も買って、カーネル2.2.9でDual Processorにも対応!と喜んでいました。日本語設定やパッケージ管理も簡単で、あのSlackware+JE0.9.7の設定を繰り返していた

毎日が困難と辛苦に満ちていた日々

を考えると、こんなに簡単で飯田橋??だったのですが、そのうち悪いところが目につくようになってきました。やたらturboなんとか~という独自設定のユーティリティーが多すぎて、汎用的なLinuxのスキルが身についていかないのではないか…という不安。実際、SlackwareやFreeBSDで努力して積み上げてきた経験が役に立たない場面に何回か出食わしました。それだけならまだよかったんですが、リリースされたばかりの上位のカーネルを使っているせいか、堅牢なはずのOSがよく凍るのです(最近のbug fixをパッチあてすればどうかはわからない。PHTの名誉のため念のため)。Xだけ凍るならまだしも、全体が凍ったんではWindowsと変わらないじゃないか。コンソール版のDOOMが凍るのはなお痛い(これはどうもサウンドサーバーがうまく設定できていなかったみたい)。ということで他のディストリビューションに乗り換えることにしました。あとの候補のLinuxとしては、rpmパッケージの簡便さを考えると、RedHat系列しかないと思いました。Laser5の製品がまず頭に浮かびましたが、あれはどうしてもプリンタの設定ができずに苦労したし、ちょっと派手で重いかなぁ…というのが率直な印象でした。あとはネットワーク越しのSambaプリンタ(Windowsにつながったプリンタ)も楽々使えて、しかも軽いし日本語化がきめ細かいパッケージということで、白羽の矢は「Vine Linux 1.1」(ヴァイン リナックス)で落ち着きました。現在Vineを愛用しています。ftpもNetscapeもばっちりです。デスクトップ環境はgnomeは中止し、WindowMakerにしています。ダイヤルアップの「ppxp」で簡単に二つのプロバイダの切替えができるし、Vine Editorもシンプルでいい感じです。エディタはしかし日常の血肉でもある道具ですので、Emacsほどの重さは要らないが、そこそこの機能は欲しい、そしてわたしはWindowsからの転向組ですので、身についたカットアンドペーストのショートカットはあまり変更したくない、ということで条件を満たしてくれるエディタに出会いました。それはビレッジセンターから試用版の出ている「xzエディタ」です。昔懐かしいDOSのVZと言ったらご存知のかたも多いのではないでしょうか。あれのX11版のようなものです。まだ製品化前のαバージョンですが、なかなかグッドです。今もこのhtmlをxzで書いています。製品版出たら確実に買ってしまうでしょう。それこそベンダーの思う壷^^;。

 次は当Webの要でもある、平面の2Dグラフィックですね。画像処理するたんびにPaintShopやPhotoshop使いたさに、いちいちWindows立ち上げていたんでは何の意味もありません。そこでPhotoshop以上の高機能といわれて名高い「gimp」を使うことにしました。なるほど、これはPhotoshopでなければできないだろうという処理の数々が、どれもgimpの中の当り前のような機能として入っていて、非常に驚かされました。フォトレタッチならWinかMacという固定観念は打破されたのです。自分なりにPhotoshopは使いこなせている域に達しているという自負がありましたが(もちろん、だからこそそれを学生の皆さんに教えられる余裕もある)、gimpの数々の機能とオプションの豊富さに圧倒されているこの頃です。JPEG圧縮の圧縮率の細かい設定などは、Photoshopでは足元にも及ばないでしょう。もちろんレイヤーやフィルタも思いのままです。しかも処理が速い! まさに最強の画像レタッチソフトです。それを使うわたしの技術力が全然まだ足りないのを感じます。わたしはまだまだLinux使いとしてはタイトル通り最弱の限りであることを、gimpの前では痛感します。

 せっかくLinuxをメインに据えたのですから、お次はゲームですね。ゲームの土俵ではWindowsには叶わないかも…という現実もあります。実際、某新手のLinux誌ではLinux上でWindowsエミュレータを動かし、その上で

某マルチ嬢が「ふ~~~~~~」

って倒れている魅惑的な画像を掲載していました。しかしこれも所詮はWindows版のゲームです。だったらそんなややこしいことしないで、楽で・きれいで・処理も速いWindows上でゲームを楽しめばいいのです。グラフィックボードもWin98版のドライバの開発の素早さと更新頻度なら、十分練られているしバグフィックスも小回りが効くし、性能も発揮できているのではないでしょうか。実際今でもDOS版のDOOM2をやるときはWindows98のDOS窓に行きます。そうではなくて、やはりLinux版の伝統的なゲームをやる…というのが王道でしょう。で、秋葉の外れのLaser5で手に入れたのが「Linux版quake2 with mission pack」でした。

 ソフトウェアレンダリングはあっけないほど簡単でした。CD-ROMをマウントしてsetupスクリプトを動かしてやるだけです。音も出ますし処理速度もまぁまぁ。で、更に今度はハードウェアレンダリングです。手持ちのMillenium G200でやってみたところ、……愕然の一言。むちゃくちゃ遅いのです。実用に耐えないほど。Milleniumの名誉のためにいうと、G200っていったってこれは2Dに特化したカードなのです。3Dゲームは弱いのは当り前です。Xの色数を16ビットにしてやると、まぁ許せる程度にまで動きました。さてさてどうしたものか。情報集めに入りましたが、あちこちで出て来るキーワードは3dfxです。これは有名なビデオチップベンダーの名前ですね。Voodooといえば3Dゲームが驚異的なスピードと美しさで動くことは周知の事実です。2Dもけっこうイケるらしく、仲間からもVoodooのスクロール性能の素晴らしさがHDbenchで実証できたような話も聞いていました。

 このLinux版quake2のマニュアルにも、3dfx製のチップの乗ったボードならハードウェアレンダリングができるようなことを書いてあります。「ような…」というのは全文英語なのです。困難ですなぁ。英語圏に生まれたら楽だったろうに^^;。インターネットで情報集めを行い、次のお買いものはVoodooBansheeに決定しました。

 秋葉原を見て回るとBansheeは一年前に一世を風靡したのでお値段も手頃。型落ちのDiamond Monster Fusionをゲットしました。Edge3D以来Diamond製品は決別したはずだったのでは……→kiyochan。Edgeが\38,800-だったことを考えると、性能は桁違いに素晴らしいこのBansheeが約1/5の値段です。信じられない技術の進歩~。わくわくして家路についたのですが、これからがまた困難と辛苦の日々だったのです。……次号へ続く。


1999-04-24(Sat) [長年日記]

_ バスハイクの留守番も無事終わりました。ひとり学校の鍵を締めて帰るのは、なんとなく寂しいものですが、わたしにでもこうして責任を任せてもらえるというのはありがたいことだと思います。今日は公式Webの中味をかなり書き替えました。もちろん独断ではなく、上司の指示を勘案しながらですが。公式なものなので、とくにインターネットが流行っている昨今では、Webはかなりの力を持ったメディアだと言わざるを得ません。htmlで培ってきた技術も生きてきますし、とくにPC-UNIXの中で学んだことは、実践してみてよく分かるというものが多いです。個人的なWebのこのページの存在も、自分としてはかなりのスキルになってきたのだな……と感じます。「電撃」をやってなかったら、表組みとかのあんなめんどくさいロジック、解析するだけで骨が折れて、ましてや自分で書くなんてできなかったかもしれません。わたしは今でもhtmlはテキスト直打ち!の信念でやっています。DreamWaverやHomePageBuilderなどのツールも、必要に応じて利用することもありますが、なんか勝手にタグ入れられたりインデントされたりすると「勝手なことすんなー」と叫びたくなりますが、叫ぶとただの変人ですから、入れられたタグを手作業で消したりしてその場の気持ちを鎮めるのです(笑)。見て!見て!この苦労の結集。そのまんまより、ソース見てくれって感じです。全部直打ちしたんす。色分けがポイントですね。シンプルですけど、時間はかかったぞぅ。  あいにくの雨模様ですが、秋葉に出れたらいいなと思います。夜は予定が入ってますので、その前にでも。


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