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1999-11-12(Fri) [長年日記]

_ 疲労感いっぱいのまま、一週間が終わりました。すべてやり終えたという充実感もありますが、まだこれからのことも。昨日あたりからわたしのメーターは振り切れていたようです。しかし、こういうときこそ新しいものが生まれてくるような気もします。  昨日深夜、過去の「今週のLD」を復刻し、三つほど再公開してみました。停滞気味(安定ともいいますが)の当Webをすこし活性化したい気がします。大きな変更はできませんが、3MBほど増量して、ついにwww総容量が100MBを越えました。うちのプロバイダのエアーネットさんはハッカーに親密にしてくれるとあって、telnetはフルで公開してくれてますし、cgiも思いのまま。ユーザーディスク容量はquotaコマンドで知ることができますし、dfなんかもできるので、サーバーがどんな風に構成されているかも知ることができます。こういうオープンなプロバイダは信頼できますね。外部ネットワークからftpはおろかメールの読み書きさえ禁止している厳しいところもある一方で、エアーネットさんはよくやってくれてるというか、ユーザーを信頼してくれていると思います。念のため付け加えますが「ハッカー」とはマスコミ論調では悪者のニュアンスがありますが、本当はスーパープログラマのことです。悪いことするネットワーカーは「クラッカー」ですね。先日NiftyServeをついに退会しました。いうまでもなく@niftyが発足し、旧来のユーザーを差別的に扱っている姿勢を感じたからです。


1999-09-29(Wed) 最弱Linux [長年日記]

_  おかしなタイトルですねぇ。たしか「最強! Linux」なんていう書籍の題名は聞いたことがあったような…。わたしの場合PC-UNIX歴は浅くてまだ二年です。だからまだまだLinuxは最弱です。エラーが出てバイナリが動かなくて、途方に暮れる^^;という場面にたびたび出くわします。わからなくて手出しできない部分がまだ山のようにあります。Windowsだと開発部分に踏み込むケース以外は「わからなくていい」ということが往々にしてあります。ユーザーはMicrosoftの意のままに操作してればいいということで、変に興味を持ってシステムファイルやレジストリをいじろうとすることは、「危険」なのでやめなさいと言わんばかりの警告があふれています。Win98でWindowsフォルダを開こうとすると、隠されるというのはどういうことでしょうか。ユーザーというのはMicrosoftからは信用されてないんだと感じますね。DOSから続いているユーザーであれば、どのファイルがどこにあってどれがテキストでどれがバイナリか…ということは当然いちばんはじめに押さえなくてはならない基本でした。でもWindowsになってからはそういうのは余計なことらしいです。それが世の中の趨勢かと思っていましたが、LinuxやFreeBSDではやはり何もかもがファイルで管理されていました。ディレクトリとかも、もともとUNIXのものをDOSがまねたという歴史的経緯もあるという話だし、DOSの知識は無駄になっていないと思います。逆にMacやWinのGUIなインターフェイスしか知らないとしたら、Linuxのコンソールなんて

ただの真っ暗闇でしかない

かもしれません。Windows95プレインストールのパソコンをはじめて購入して、DOSアプリを動かしたら、パソコンが壊れたと思ってうろたえた人が続出したという話は、笑えない事実です。画面に衝撃が走るし、急に真っ暗になったら誰だって怖いっす。いったんGUIインターフェイスに慣れてしまったわたしたちは、果たしてテキストベースのコンソールに戻れるのでしょうか。しかしX windowもありますし、起動時のログインから既にXが立ち上がってくる仕掛けであるxdmというパッケージもあります。最近のTurboLinuxとかはよくできたもので、インストールもびっくりするくらいの簡単さになってきました。そしてインストール直後からXが使え、デスクトップは完備され、ネットスケープも日本語化したものが立ち上がってくる…という至れり尽くせりです。ネットスケープメールのフィールドにカーソルをクリックして、Shift+スペースを押すと、いきなり日本語入力が可能になってしまったのには驚愕しました。あぁ、もう、何にもしなくていいんだ…ぼくらは…みたいな(笑)。でもやはりいろいろわかっていないと動きが取れなくなるのは事実です。何にもしなくていい…といっても「Windowsの何にもしなくていい」とは質が違うので、やはりアプリを追加したり設定を変更したりするときには、ターミナルが必要です。全部GUIでやってしまうというのは確かに理想でしょうし、実際GNOMEやKDEはそれに近づこうとしていますが、これが成熟するまでにはまだまだ時間がかかるでしょう。

 わたしがメインのOSをLinuxやFreeBSDになかなか切替えられずにWindowsNTを使い続けていたのは、大きな理由が一つありまして、それは「かな漢字変換」でした。何度かWebでも書いてきたと思いますが、わたしははじめてJISキーボードを触れたときから一貫してかなタイパーだったのです。ですからデフォルトでローマ字入力を前提としているPC-UNIXのフロントエンドを変更しなくてはならないのです。これはもう効率がどうとか良い悪いの問題ではなくて、指が平仮名打ちしかできないのです。無理してローマ字打ちをやれば打鍵数がほぼ倍になるだけでなくキーの場所も不慣れなので、同じ文章量を打つのにも3倍~5倍の時間がかかってしまいます。これではとても使い物になりません。しかしLinuxにはWindowsのIMEみたいに、ボタン一発でローマ字→かなを切替えられるものなど存在しないのです。

 ただ、ひとつだけ比較的簡単に設定を変えられるものがありました。それは商用のVJE-Deltaです。試用版で試してみたところ確かにかな入力ができたのです。早速、今まで使ってきたhtmlなどのテキストを編集しようとしてみたところ、また新たな難題にぶつかってしまいました。VJE-PENというエディタは日本語DOSテキストのS-JISコードを通してくれず文字化けしてしまうということでした。他のEmacsとかに日本語変換だけVJEを使えるようにしてやればいいのですが、それもけっこう面倒です。ああ面倒なことばかり。おまけにEmacsってむちゃくちゃ重いし、ファイル保存すると「*.*~」みたいな気色悪いファイル名のファイルが勝手にできるしうまく消せないし、な~んか嫌な感じ。そもそもソフトがみんなディストリビューションについてくるのがLinuxの特長であり強みだったはずなのに、なんで有料ソフト買わねばならんのだ。しかもそれをNetscapeやEmacsで使うだけでもごちゃごちゃ設定しなくてはいけなくて、ちょー面倒。もうやめよっか…って感じでした。

 最初からどの日本語Linuxパッケージにも入っているCannaにもかな入力を設定するファイルがついてくるのですが、これを設定しても出てこない文字があるのです。たしかに大部分のかな打ちができるのですが、「ね」「る」「む」といった句読点からみのキーが出てこないのです。必死になってインターネット中をヒントを求めて探し回りました。このときかな入力の需要など世の中に何%もないという現実を知りました。わたしは少数派だったのか……。答えは出ません。いつまでもいつまでも、この「ね」や「る」が出ない問題の呪縛にとらわれ続けて生きていかなくてはならないのか、というと大げさですが、実際にそれが大きな理由でメインOSをLinuxに切替えることができないでいたのです。

 しかし、ついにこの出ない文字を出す方法を知ることができました。どこかの掲示版でその答えを見つけたのだったと思います。場所はもう忘れました。まとめますとCannaでかな入力するにはつぎの手順を踏めばOKです。

Cannaでかな入力をする方法

   設定ファイル/usr/lib/canna/default.cannaを探す。ディストリビューションによっては/var/lib/canna/default.cannaなど違う場所にあることもある。エディタで編集します。
   (setq romkana-table "default.cbp")を(setq romkana-table "kana.cbp")に変更する。
   「;;シンボルの定義~」以下の行を全てコメントアウトする(行頭に;;をつけるだけです)。
   ファイルを保存したら、cannaserverを再起動。ps axやプロセスといったことがわからなければ、Linuxを再起動しちゃえば間違いないです^^;。
   これで全てのかなキーが使えるようになります。106キーでは「を」はshift+\、「ろ」はshift+@なのがちょっと使いづらいですが。

 これで全てのキーをかなタイプできるようになりました。ということで第一の難関突破です。これでもうなんの心配もなくLinuxに移行できるぞと思い、慣れ親しんできたWindowsNTをいとも簡単にパーテーションごと削除してやりました。うっしっし。これでもうフリーズ強制リセットのときにWin98が勝手にScandiskかけて、NTFSのパーテーションをズタズタにしてしまう…なんて事故の被害を受けずに済むぞ(何度か起きた実話ホラーです)。そしてLinuxメインの生活が始まったというわけです。

 わたしの場合メインとして使うためにはまず、インターネットへの接続の確保・そして快適なftpとWebの徘徊・メールの読み書き、といった条件が必要です。動かし始めた最初のメインはバージョン1.0で勢い込んで高価な「Pro版」を買い、その後も順調にベンダーの甘い誘いに乗ってバージョン1.4, 2.0, 3.0と買い続けてきた「TurboLinux」です。先日最新のバージョン4.0も買って、カーネル2.2.9でDual Processorにも対応!と喜んでいました。日本語設定やパッケージ管理も簡単で、あのSlackware+JE0.9.7の設定を繰り返していた

毎日が困難と辛苦に満ちていた日々

を考えると、こんなに簡単で飯田橋??だったのですが、そのうち悪いところが目につくようになってきました。やたらturboなんとか~という独自設定のユーティリティーが多すぎて、汎用的なLinuxのスキルが身についていかないのではないか…という不安。実際、SlackwareやFreeBSDで努力して積み上げてきた経験が役に立たない場面に何回か出食わしました。それだけならまだよかったんですが、リリースされたばかりの上位のカーネルを使っているせいか、堅牢なはずのOSがよく凍るのです(最近のbug fixをパッチあてすればどうかはわからない。PHTの名誉のため念のため)。Xだけ凍るならまだしも、全体が凍ったんではWindowsと変わらないじゃないか。コンソール版のDOOMが凍るのはなお痛い(これはどうもサウンドサーバーがうまく設定できていなかったみたい)。ということで他のディストリビューションに乗り換えることにしました。あとの候補のLinuxとしては、rpmパッケージの簡便さを考えると、RedHat系列しかないと思いました。Laser5の製品がまず頭に浮かびましたが、あれはどうしてもプリンタの設定ができずに苦労したし、ちょっと派手で重いかなぁ…というのが率直な印象でした。あとはネットワーク越しのSambaプリンタ(Windowsにつながったプリンタ)も楽々使えて、しかも軽いし日本語化がきめ細かいパッケージということで、白羽の矢は「Vine Linux 1.1」(ヴァイン リナックス)で落ち着きました。現在Vineを愛用しています。ftpもNetscapeもばっちりです。デスクトップ環境はgnomeは中止し、WindowMakerにしています。ダイヤルアップの「ppxp」で簡単に二つのプロバイダの切替えができるし、Vine Editorもシンプルでいい感じです。エディタはしかし日常の血肉でもある道具ですので、Emacsほどの重さは要らないが、そこそこの機能は欲しい、そしてわたしはWindowsからの転向組ですので、身についたカットアンドペーストのショートカットはあまり変更したくない、ということで条件を満たしてくれるエディタに出会いました。それはビレッジセンターから試用版の出ている「xzエディタ」です。昔懐かしいDOSのVZと言ったらご存知のかたも多いのではないでしょうか。あれのX11版のようなものです。まだ製品化前のαバージョンですが、なかなかグッドです。今もこのhtmlをxzで書いています。製品版出たら確実に買ってしまうでしょう。それこそベンダーの思う壷^^;。

 次は当Webの要でもある、平面の2Dグラフィックですね。画像処理するたんびにPaintShopやPhotoshop使いたさに、いちいちWindows立ち上げていたんでは何の意味もありません。そこでPhotoshop以上の高機能といわれて名高い「gimp」を使うことにしました。なるほど、これはPhotoshopでなければできないだろうという処理の数々が、どれもgimpの中の当り前のような機能として入っていて、非常に驚かされました。フォトレタッチならWinかMacという固定観念は打破されたのです。自分なりにPhotoshopは使いこなせている域に達しているという自負がありましたが(もちろん、だからこそそれを学生の皆さんに教えられる余裕もある)、gimpの数々の機能とオプションの豊富さに圧倒されているこの頃です。JPEG圧縮の圧縮率の細かい設定などは、Photoshopでは足元にも及ばないでしょう。もちろんレイヤーやフィルタも思いのままです。しかも処理が速い! まさに最強の画像レタッチソフトです。それを使うわたしの技術力が全然まだ足りないのを感じます。わたしはまだまだLinux使いとしてはタイトル通り最弱の限りであることを、gimpの前では痛感します。

 せっかくLinuxをメインに据えたのですから、お次はゲームですね。ゲームの土俵ではWindowsには叶わないかも…という現実もあります。実際、某新手のLinux誌ではLinux上でWindowsエミュレータを動かし、その上で

某マルチ嬢が「ふ~~~~~~」

って倒れている魅惑的な画像を掲載していました。しかしこれも所詮はWindows版のゲームです。だったらそんなややこしいことしないで、楽で・きれいで・処理も速いWindows上でゲームを楽しめばいいのです。グラフィックボードもWin98版のドライバの開発の素早さと更新頻度なら、十分練られているしバグフィックスも小回りが効くし、性能も発揮できているのではないでしょうか。実際今でもDOS版のDOOM2をやるときはWindows98のDOS窓に行きます。そうではなくて、やはりLinux版の伝統的なゲームをやる…というのが王道でしょう。で、秋葉の外れのLaser5で手に入れたのが「Linux版quake2 with mission pack」でした。

 ソフトウェアレンダリングはあっけないほど簡単でした。CD-ROMをマウントしてsetupスクリプトを動かしてやるだけです。音も出ますし処理速度もまぁまぁ。で、更に今度はハードウェアレンダリングです。手持ちのMillenium G200でやってみたところ、……愕然の一言。むちゃくちゃ遅いのです。実用に耐えないほど。Milleniumの名誉のためにいうと、G200っていったってこれは2Dに特化したカードなのです。3Dゲームは弱いのは当り前です。Xの色数を16ビットにしてやると、まぁ許せる程度にまで動きました。さてさてどうしたものか。情報集めに入りましたが、あちこちで出て来るキーワードは3dfxです。これは有名なビデオチップベンダーの名前ですね。Voodooといえば3Dゲームが驚異的なスピードと美しさで動くことは周知の事実です。2Dもけっこうイケるらしく、仲間からもVoodooのスクロール性能の素晴らしさがHDbenchで実証できたような話も聞いていました。

 このLinux版quake2のマニュアルにも、3dfx製のチップの乗ったボードならハードウェアレンダリングができるようなことを書いてあります。「ような…」というのは全文英語なのです。困難ですなぁ。英語圏に生まれたら楽だったろうに^^;。インターネットで情報集めを行い、次のお買いものはVoodooBansheeに決定しました。

 秋葉原を見て回るとBansheeは一年前に一世を風靡したのでお値段も手頃。型落ちのDiamond Monster Fusionをゲットしました。Edge3D以来Diamond製品は決別したはずだったのでは……→kiyochan。Edgeが\38,800-だったことを考えると、性能は桁違いに素晴らしいこのBansheeが約1/5の値段です。信じられない技術の進歩~。わくわくして家路についたのですが、これからがまた困難と辛苦の日々だったのです。……次号へ続く。


1999-04-24(Sat) [長年日記]

_ バスハイクの留守番も無事終わりました。ひとり学校の鍵を締めて帰るのは、なんとなく寂しいものですが、わたしにでもこうして責任を任せてもらえるというのはありがたいことだと思います。今日は公式Webの中味をかなり書き替えました。もちろん独断ではなく、上司の指示を勘案しながらですが。公式なものなので、とくにインターネットが流行っている昨今では、Webはかなりの力を持ったメディアだと言わざるを得ません。htmlで培ってきた技術も生きてきますし、とくにPC-UNIXの中で学んだことは、実践してみてよく分かるというものが多いです。個人的なWebのこのページの存在も、自分としてはかなりのスキルになってきたのだな……と感じます。「電撃」をやってなかったら、表組みとかのあんなめんどくさいロジック、解析するだけで骨が折れて、ましてや自分で書くなんてできなかったかもしれません。わたしは今でもhtmlはテキスト直打ち!の信念でやっています。DreamWaverやHomePageBuilderなどのツールも、必要に応じて利用することもありますが、なんか勝手にタグ入れられたりインデントされたりすると「勝手なことすんなー」と叫びたくなりますが、叫ぶとただの変人ですから、入れられたタグを手作業で消したりしてその場の気持ちを鎮めるのです(笑)。見て!見て!この苦労の結集。そのまんまより、ソース見てくれって感じです。全部直打ちしたんす。色分けがポイントですね。シンプルですけど、時間はかかったぞぅ。  あいにくの雨模様ですが、秋葉に出れたらいいなと思います。夜は予定が入ってますので、その前にでも。


1999-04-12(Mon) 秋葉で何も買わないで帰ってくるなんて! [長年日記]

_  毎週アキハバラには出ています。二週間空けたりすると、もうわたしは過去の人になってしまったか……みたいな錯覚を覚えさせる街です、秋葉原。それくらい楽しい秋葉原ですが、最近のわたしはどうも不調なのです。何が不調かって、それは

秋葉で何も買わないで帰ってくる

ことが多々あるのです。ただ単にお金がないだけなら納得も行くのですが、先月のある日なんて財布の中に\50,000-入ってたんですよ。ご・ま・ん・え・ん(笑)。衝動買いでもしてスカッと行こうと思ってたのに、なんたる弱腰。慎重すぎ。あの廃人傾向はどうしたっ!…って感じですね。これは秋葉erであるわたしの危機かもしれません。今回はこの原因追求と現状打開を目指し、最近のわたしの足元を振り返る意味でも小文を書いていきたいと思います。

 モノを買ってきて一番困るのが置き場所の問題ですね。アメリカンサイズな住宅事情ならともかく、ワンルームマンションに詰め込まれるように住んでいるわれら大和民族としては、PC・配線・モニタなどなどの占有場所の確保をするのは至難の課題です。民族はどうでもいいとして、東京のアパート・マンションはみんなこうだと思います。うちの床面積は約16m2です。いやー、畳でいうと五畳分ですな。ここにある自作PC群がなんと三台です。過去の資産を生かすためのNEC PC9800も含めると、つごう四台のPC本体があります。モニタが大・中・小でつごう三台。余った隙間にところ狭しと這い回るイーサネットのケーブル・電源ケーブル・ISDNケーブルたちが床を占領しています。こんな中でどうやって寝るのか、これも過去からの大きな課題でした(笑)。しかし不思議なことに布団一枚分はしっかり確保してあります。そしてもうそれ以上の余計な生活スペースは残されていないことは言うまでもありません。  こうなってきますと新しくパーツやデバイスを追加するのに二の足を踏んでしまうのも当たり前ですね。それでもつい買ってしまうのが本当の秋葉erだと思うのですが、どっちが先なのか自分でもよく分からないのですが、これが欲しい!というパーツが最近あまりないというのが正直なところです。それほど恵まれたパーツ構成で暮らしているのか、ちょっと検証してみる必要があるでしょう。

 まずはメインマシンの構成から(定番ですねぇ)。

メイン計算機(用途・主にインターネットとDOOM2^^;)

デバイス メーカー・型番 備考

マザーボード ABIT BX6 (440BX) Aword BIOS base100MHz対応

CPU Intel MMX Cerelon266 83x4=333動作

外部メモリ SDRAM 64x2=128MB PC100対応

ビデオカード 3Dlabs Permedia2 AGP版 SGRAM 8MB

HDD JTS E-IDE 4.3GB Ultra DMA-33

NIC DEC-21143 100BaseTX/10BaseT PCI

TA NEC AtermIT55 DSU MP128対応

SCSI Tekram DC390 SCSI-2

SOUND OPTi 931 +Wavetableドーター追加

CD-ROM No brand ATAPI 36倍速

Floppy Alpus 2Mode ---

MO Fujitsu 230/128対応 SCSI-2

CRT SONY CPD-17MS TVチューナー・Video端子付

という感じです。こないだ掲載したときから少しだけ変わりました。某Matroxの金の斧・銀の斧が欲しい気がしますが、Permediaがもったいないのでしばらく使うでしょう。もう秋葉で入手困難なくらいのものといえば、CPUとTAくらいでしょうか。しかしどちらも現役第一線でまったく遜色ないものですし、あと二年くらいは行けるでしょう。さてこれからが腕の見せ所だと言えるセカンドマシンです。腕はともかくいかに寄せ集めるかが正念場ですね。セカンドはCD-R専用機です。

サブ計算機(用途・CD-R作成)

デバイス メーカー・型番 備考

マザーボード MyCOMP TI5VG (VP3) Aword BIOS base66MHz対応

CPU AMD MMX K6-233 クロックそのまま

外部メモリ SIMM 16x2=32MB Win95では十分

ビデオカード S3 Trio64 PCI版 DRAM 2MB

HDD Seagate IDE 2.1GB Fast-ATA

NIC Realtek-8139 100BaseTX/10BaseT PCI

CD-R Panasonic CW-7502 4xWrite SCSI

SCSI Adaptec純正 AHA-1920 ISA

SOUND ESS 1868 SB16互換・本当に互換!

DVD-ROM YAMAHA 第一世代 CDは10倍速

Floppy Mitsumi 2Mode ---

Floppy No brand 5inch 電源入れてません^^;

CRT (メインと共用) 三回路切替え

とまあこんな具合です。セカンドらしく、てってー的にスペック落としてます。重要なのは主用途のCD-RとNICだけですし。DVDや5inchドライブはしゃれですね。DVDのソフトウェア再生は見るに耐えられない状態です。止まっちゃうし……^^;。

 気を取り直してサードに行ってみましょう。もうこちらは余生のマシン(笑)。電源入れたのはセットアップしたときくらいですか。存在するために存在してるようなものです。誰か取りに来てくれるなら格安で譲ってもいいかも。

実存計算機(用途・AT互換機の過去に想いを馳せる)

デバイス メーカー・型番 備考

マザーボード No brand(本当なんです) (430FX) Aword BIOS ATフォーム

CPU AMD K5-90 クロックそのまま

外部メモリ SIMM 8x2=16MB Win95 OSR2では苦しい

ビデオカード Compaq Q-Vision ISA版 DRAM 1MB

HDD Seagate IDE 810MB Fast-ATA

MultiI/O No brand 1IDE 2Serial 1LPT

CD-ROM Mitsumi接続(No IDE) 2倍速

SOUND SB16 MultiCD 純正・非PnP(これはお値打ち)

Floppy EPSON 2Mode ---

CRT (メインと共用) 三回路切替え

 サードはもはや廃品回収の世界です。しかしCreative純正のSB16で、どんなタイプのCD-ROMでもOKです。ジャンパで各IRQを設定するタイプで、以前Aztecで「初心者お断り」のコーナーに置いてあったような気がします。マザーのIDEポートは完全に死んでいて、マルチI/Oカードで生き残りを果たしています。たしかシリアルも死んでいたという記憶が……。でも一応Socket7ですから、Pentium166とかまで動作するはずです。もちろんMMXやK6は駄目でしょうけれど。

 こうして検証してみるとそれほど最新のパーツが溢れているわけでもないですね。先日寄せ集めパーツで仲間に一台PCを組んであげたばかりなのに、なぜ三台もある??それは秋葉erの宿命かもしれません。そして表には書きませんが、往年のヒットパソコンNECの98Mate-Xが背後に高々とそびえています(笑)。こちらはプリンタサーバー・スキャナサーバーです。ちゃんと100BaseTXでLANにつながっているのです。Hubはこないだ1,500円でゲットした8Portの貴重品。LANがあれば楽しい自宅サーバーごっこが繰り広げられます。

 大きな問題としては、置き場がないというのは前述のとおりです。そしてもう一つ。触る時間が非常に限られているということですね。休日くらいはPC三昧で行きたいところですが、アキハバラにも行かねばならん^^;。ここが思案のしどころです。それでLibretto60も入手したんですが、やはりアキバはアキバ。自宅は自宅です。そしてあまり欲しいものがなくなるという状態になってしまいました。あーっ、そういえば押し入れにMS5169というSuper7マザーが眠っているのだった。ちゃんとM2-300GPも乗っかってるというのにもったいない。余りパーツはまだ一通りありますから、ATX電源の筐体があればもう一台作れるんでした。しかし、もう置けない。というわけで今一番やらなくてはならないことは部屋の片付けか引越しなのです。できれば専用線引いてサーバー立てられる一軒家がいいなぁ、なんて言ってるからいつまでも前に進まないんですね。あまり中身のない文章だったかもしれません。


1999-03-15(Mon) サーバーという恐ろしい響き [長年日記]

_  コンピュータがまだ好きではなかった頃、コンピュータの専門用語というものが妙に怖くて、イヤな響きがあったことが記憶に残っています。それほどコンピュータのことに自分は詳しくない……と自認される方はみなさんそうなのではないでしょうか。ある程度のパワーユーザー(上級者)になったとしても、依然そういう恐怖感・嫌悪感はついて回ります。自分が理解できないことを排除するのは、人間の知的活動の選別機能として当然のことなのかもしれません。わかることは取り入れられることであり、わからないことは外部のことですから。特にコンピュータの世界では言葉になっていない、アルファベットの略語というものがたくさん出てきます。英語だったとしてもせめて言葉になってさえいれば意味の調べようもありますが、略語になるとお手上げです。コンピュータ関連の略語はおびただしい数が流通しています。しかし、憶えなくては話にならないようなものはほんの一握りの言葉であり、雨後のタケノコのように次々に現れては消えていくほとんどの略語は、記憶するに値しないと最近知るようになりました。タネを明かすと、大企業・有名メーカーが自分のところの新技術や規格を、業界スタンダードにしようとして作り出す造語が非常に多いと言うことです。特に

Microsoftだけが使っている言葉

には今でも嫌悪感が走ることがあります^^;。ま、事実上のOS寡占ですからスタンダードになってしまうことも多いのですが、それを打開するにはもっともっとユーザが「自衛手段としての他のOS」を選択肢として持っていなくてはなりません。

 PC9800シリーズが全盛だった頃、耳につらいコンピュータ用語といえば「LAN」とか「インターネット」だったと思います。パソコン通信は程々にしかやっていませんでしたが、NIFTYやPC-VANのシェルを使いこなすにはかなりの経験が必要なようでした。DOSやUNIXのコマンドラインと違って、通信ターミナルでの文字の取り扱いは、とてもやっかいでしかも汎用性がないのです。わたしは通信おたくになる前にさっさとインターネットに入ってしまったので良かったのですが、過去から通信をやり続けてきた人たちは大変だったのだろうなぁと思います。それでもシリアル同士をつないでコンピュータを接続することはできたのですが、LANとか10Baseとか、ましてやその上のレイヤーのTCP/IPとかIPX/SPXとかになると、もうほとんど呪文の域に思えました。Windows3.1でのwinsock.dllを使ったインターネット接続では、手引き書に従って意味の分からない数字をいろんな箇所に埋めていくのが苦痛でした。何が何だかわからないんですもん。苦痛が進んでくると、そもそもネットワークなんてお金とコンピュータがゴロゴロ余っている人のやる道楽でしかない……っていう考えが浮かんできたりするのですが、それでも諦めずTCP/IPに食いついていたからこそ、今のインターネット接続があるんだと思います。それにしてもNIFTY SERVEのゲートを経由したインターネットというのは異様な光景でした。初めてNetscape(バージョン0.9とかだったと思います)をゲットしたときというのは、NIFTYからテキストベースのFTPに入って、まずSunsiteとかの親サーバーからNIFTYのサーバーにファイルをコピーし、さらにそれを自分のコンピュータにコピーするという二段構えでした。9600bpsでダウンロードするNetscape Navigatorは重かったです^^;。フロッピー一枚を少し越えるくらいの容量でしたが、三十分以上かかった記憶があります。

 インターネットの昔話はあまりみなさんには興味がないかもしれないので、はしょっていきます。LANとサーバーの話でした。それまではまるで縁のないような話だったのが、Windows95の登場で事情は一変したと思います。標準でLAN機能が組み込まれたのです。つまり法人相手の一桁違うネットワーク用のソフト価格を払わなくても、手軽にLANを始められるようになったのです。基本はファイルの共有からすべて始まります。Microsoftの誘い方もうまいなぁと思ったのは、Windows95のデスクトップに「ネットワークコンピュータ」なんていうアイコンを配置してしまうというあたりでしょうか。これはネットワークのプロトコル(インターネットで使うTCP/IPとか)を組み込むとアイコンが「発生」しますね。これを読んでいるみなさんのOSがWindows95/98/NTならネットワークコンピュータのアイコンがあるはずです。LANを組んでないコンピュータでこれをダブルクリックしても何も出てきません。もとい、ネットワーク全体という意味不明のアイコンが中にありますね。LANのない状態でさらにこれをつつくと Windowsから怒られます

(共有設定をしておくと一台だけでも自分自身が見えたりする^^;)。これだとLANをやれとWindowsに言われているようなものですね。わたしがLANを始めたのもこれがきっかけでした。秋葉原のパーツショップでNE2000互換ボードを二枚買い、ケーブルとハブを買ってきて、相互に接続してみました。共有設定とかちょこちょこやってあげて「ネットワークコンピュータ」をつついてみると、相手のコンピュータの中身が、まるでHDDを増設したかのように見えるではありませんか。これはちょっとした感動でした。またCD-ROMドライブやMOドライブのないマシンからでも、ネットワーク越しにメディアを読み書きできます。しかもシリアル通信でイメージしていたスピードとは段違いの速さでファイルが送れます。考えてみたらLANの10Baseっていうのは通信速度10Mbps=10,000,000bpsですから、28,800bpsのモデムに比べたら300倍以上速いので、これは当然でしょう。そして周辺機器を整備していないネットワーク専用コンピュータを作っていく弾みになったのでした。何しろマザーとHDD一台でWin95さえ入っていたら他のコンピュータとデータをやりとりできるんですからね。これでわたしの世界の中で「LAN」というのが異次元の言葉ではなく、自分のものとして機能するようになりました。つまり排除しなくてすむようになったと言うことですね。

 さて次にいよいよ「サーバー」という恐ろしい響きを持った言葉を自分のうちに入れていく作業です。これには長い時間と忍耐が必要だろうと思っていました。とりあえずFreeBSDは始めてみたものの、サーバー運営とかネットワーク管理とかは専門技術者にだけ与えられた特殊な仕事だという思いこみがありました。しかし、前述のネットワークコンピュータのアイコンをカチカチッとマウスでつついたところですでに、わたしはサーバーのオーナーになっていたし、ちゃんと開けた時点でもうクライアントからサーバーを操作していたことにほかならないのです。これがWindowsによるファイルサーバーの取り扱いの始まりでした。あとになって知るのですが、Windowsでファイルを共有するという使い方は、他のいろいろなネットワークのプロトコルから考えると氷山の一角でしかなかったのです。

 こうして始まった楽勝気分のLANとサーバーでしたが、次に待ち受けていたのが苦難のNFS(Network file system)でした。これはPC-UNIXで使われるファイル共有の方法です。WindowsではNetBEUIという

ちょー簡単なプロトコル

を組み込むだけでファイルの共有ができました。しかしNFSではTCP/IPが必須なのです。なんでまたNFSなんてややこしいものを使おうとしたかというと、CD-ROMのついていない486ノートパソコンに、無謀にもLinuxをインストールしようと考えたからです^^;。デスクトップPCのCD-ROMをNFSで共有すれば、こういった古いノートでもインストールできます。これは苦労しました。NFSサーバーを動かすにはWindowsみたいにちょちょいのちょいでは行かなかったのです。TCP/IP自体はFreeBSDやLinuxにすでに実装されているものの、新たな用語が次々に登場しました。「固定IPアドレス」「ネットマスク」「デフォルトゲートウェイ」「ルーティング」「ドメイン名」「ホスト名」……といった名称の数々です。自分の頭の中にない単語の応酬に圧倒され、揚子江まで流されていきそうな感じでした。だいたいFreeBSDではインターネットにもつないでないのに、なぜドメイン名なんてつけなきゃならないのかと。いわんやホスト名をや、です。仕方ないので適当にでっち上げようとしましたが、めちゃくちゃにでっち上げてもだめなようでした。とりあえず192.168.1.xでxに適当な数を入れておけば動くらしい……ということと、ネットマスクは255.255.255.0とすれば行けるらしい……ということだけでした。そして次の難関として「/etc/exportsに公開する相手のアドレスとブロードキャストなどを指定する」という意味不明の説明が出てきました。ぶろーどきゃすとおぉ?中野のブロードウェイなら知ってるぞー。結局わけのわからないまま手引き書に書いてあるとおりの数字を打ち込み、サーバーになるデスクトップを再起動すると、なんとか動くようになったことを憶えています。ノートパソコンからLAN越しにCD-ROMが読めたときは感動しました。

 そして次のサーバーはPC-UNIXユーザーおきまりのコースで、「自宅インターネットごっこ」ですね。http(www)やftpのサーバーを動かしておくことで、LAN越しにブラウザなどからファイルを読み込むというやつです。ローカルファイルを(|/ディレクトリ名/ファイル名)で読み込むのは簡単ですが、同じローカルファイルをちゃんとインターネットのhttpプロトコルで(http://ホスト+ドメイン名/~ユーザー名/ファイル名)で読み込むのに成功するまでは結構いろいろと大変でした。自分で作った「404 not found」が表示できたときも感動しました。カウンターCGIもFreeBSDにはついてきます。前述のややこしいNFSが設定できなくても、仮にAnonymous FTPサーバーを作っておけば、ファイルの転送くらいは簡単にできると言うこともわかりました。そして名前の解決てす。正引きとか逆引きとか、なんか巨大なデータベースの交通整理をしなきゃなんないのかとびびっておりましたが、bindというパッケージが入っていてnamed.bootで指定するいくつかのファイルを決まりに従ってテキストで書いておけば、アドレスを数字で直打ちしなくてもホスト名で参照できるということが「ごく最近」わかったのです。実は最近までくだんのインターネットごっこをLANでやるときは「http://192.168.1.2/~testuser/」とか「ftp://192.168.1.2/pub/」とか、生のまんまのIPを打ってたんですね~(笑)。

 これでやっと「サーバー」という恐ろしい響きから解放されたような気がします。基本的には他のコンピュータがリクエストを送るまで、じっと待ってるコンピュータのことですね。なにもハイスペックの何百万もするサーバーを用意しなくてもいいわけで、486パソコンでも構わないということです。○ング○トンのクソみたいに高いメモリを業者の言いなりになって搭載しなくても、立派にサーバーは動きます(断言)。「サーバーにはどうしても高スペックのものが必要なんですよ」なんていう脅しを信じてしまうあなた!それでは明日からあなたの会社は

業者の食い物にされてしまいます。

どうしてもECCメモリやAdaptec純正SCSIやPentium2が必要だと言う営業マンが来たら、どうしてEDO RAMではいけないのか・TekramSCSIで何の問題があるのか、そして486DXが何の不具合を出すのか、執拗に尋ねてみることをおすすめします。きっと営業マンはしどろもどろになっていき、最後には「安心を買うというのも必要ですから……」なんていうわけのわからない結論を言い出すはずです(笑)。いや、業者さんいじめのコーナーではなかったんですね。

 あと、まだ既知のものになっていないのは「ルーティング」とかです。これは要するに経路指定みたいなものらしいのですが、経路らしい経路のないスター型ネットワークしか作ったことがないので、ほんとにからだで「わかる」には物理的なシステムが必要だと思います。そうこうしている間にわたしが勤めている学校でもインターネットサーバーを動かす話になってきました。セコセコやってきたUNIXのノウハウがやっと実用面で日の目を見ることになりそうです。うまく動作することを祈りつつ、設定練習を繰り返している毎日です。結論として言うとすれば、サーバーを動かすこと自体は簡単だが、動作状態を把握するにはそれなりの勉強がいる、ということでしょう。わかんなくても動いてしまうのがWindows NT serverとかだったりしますけどね。お金が余って余ってうなっているくらいの会社ならそれでいいのかもしれません。もちろんわたしもNTは好きですよ。メインOSにWorkstation使ってるくらいですから。


1999-02-01(Mon) [長年日記]

_ 先々週の土曜日の出勤の代休で、明日の火曜日はお休みです。いよいよセレロンマシンの解体なるか。予告しながらなかなか時間も気力もなかったのですが、これでオーバークロックの真価が試されるかもしれませんね。激しくメモリやCPUを使うWinNTなどをぶんぶん振り回してみて熱暴走しなければ本物です^^;。メインマシンがM2やらCeleronやらで交代激しい昨今ですが、これもスピード狂のゆえ、なるべくしての展開でしょう。  今日も「わたしにしては」オーバーワークな一日でした。黙っている時間がほとんどないのは、疲れはしますが充実感があります。水曜からまた働くと思うといやですが、その力も明日一日で回復するかと思います。


1998-10-22(Thu) ついに導入! Intel純正PentiumII [長年日記]

_ 前ふり

 今年1998年になってから、あまりハードウェアに投資をしない日々が続きました。そこそこ動いていたK6-233と安くなった外部メモリのおかげで、Socket7マシンで十分なパフォーマンスが得られていたためです。Windows95→Windows98のOSバージョンアップはさほどエンドユーザーにインパクトを与えませんでした。非PnPのISAデバイスは相変わらずの扱いでしたし、PCIはPCIで勝手に動くというのが最近の流れであるためです。さまざまな憶測をよそに、マイクロソフト社はWindows98日本語版をIE4.0を内包した形で強行販売しました。ユーザーとしてはただでブラウザが手に入るので悪い気はしなかったものの、IE4.0をアンインストールできないというジレンマに陥れられたのです。高いハードウェアスペックを要求されるOSになってはいくものの、それと同じくらいのスピードでハードウェアも値崩れしていきます。CPUもメモリも安くなった今となっては、Pentium166以上・メモリ32MB以上……なんていうふざけたソフトが登場しても、みんな当たり前のように受け入れるようになりましたね。いや、あなたは受け入れないって?買ったパソコンを減価償却できないうちにどんどん新製品が出てくるのは、みんな閉口気味だと思います。しかし、自作ユーザーにとってはそのようなパーツの値下がり傾向は、願ってもない流れなのです。

 わたしがシステムをなかなか換装しようとしなかったのは、理由は簡単です。Socket7用CPUがもう頭打ちになっていたことと「PentiumIIが高価」だということでした。Socket7で最速最後といわれたK6-233に手を出してしまったわたしでしたが、その後ベースクロックや倍率をややこしく上げた300MHz台のSocket7用CPUが続々出るにつけ、「もう別にいいや」っていう空気がわたしを支配していました。430TX前後のチップセットでは外部クロック66MHzが天井だったからです。オンボードIOや拡張ボードがついてこなくなるかもしれない危険を冒してまでSocket7で100MHzを実現しなくてはならない理由は見あたらなかったのです。(430FXあたりのチップセットでは外部66MHzにしただけで、E-IDEやシリアルがついてこれなくなっていたことをも経験済みだった)。

 PentiumIIは233MHz版をスタートとして、次々に高クロック版が発表されていきました。現在も最速クロックのものは新しく出ています。あっという間に400MHzを越えてしまったので、そのうち500MHz版とかも店頭に出るようになるのかもしれません。UNIXやNTで使うためのDEC-Alphaマシンだけの周波数だと思われていた400MHz~500MHzが、そこらへんのPCショップで手に入るようになったのは驚きです。それにしてもPentiumIIの値段は下がりませんねぇ。十万近くでもお金を出してしまう人たちも世の中にたくさんいるようですが、わたしはCPUには二万円を割ってから手を出すようにしています。待てば必ず二万円を割る日が来るからです。一万円近くまで下がると市場から姿を消すようになるということも何となくわかってきました。しかし、PentiumIIに限ってそれは通用しないようです。最初に出た233MHz版は二万円を割らないうちに徐々に姿を消しています。この分だと266MHz版も300MHz版もそういう流れで消えていくのかもしれませんね。Intelは386系CPUの世界ではトップブランドですから、やむを得ないのかもしれません。

 ここで市場を騒がせ始めたのが同じIntelから廉価版CPUとして発表された「Celeron」(セレロン)です。雑誌などでも紹介記事がよく載っているので、PCおたくでなくてもご存じのかたは多いことでしょう。コア部分はPentiumIIと同じものを使っているらしいのですが、二次キャッシュなどのチップをはずせるだけはずして低価格を実現しているものです。値段も一万円台前半とお手頃ですし、二割から三割程度のオーバークロックは楽勝のようです。SLOT1の全てのマザーボードで動く保証はないみたいですが、Webでたくさんの動作報告例が公開されています。いろいろと体験談を読んでいるうちに、おたくの血が騒ぎ始めました。 PentiunII266MHz版を中古で購入 (\17,800-.)

 一万円台のCeleronと三万円台のPentiumIIではどう見たってCeleronを選びたくなるのが節約家の人情というものです。しかし、セカンドキャッシュ512KBの有無が与えるパフォーマンスの差は圧倒的でしょう。あとで拡張したくともSLOT1のボードにはL2の拡張モジュールを追加することなどできません。値段とパフォーマンスのジレンマに悩むわたしは、ある秋の夕暮れの日にマックスロードの3Fで中古のPentiumIIを発見したのです。266MHz版で価格は\17,800-。同クロックのCeleronと数千円しか差がありません。これはどう見ても「買い」です。しかし発見日たまたま手元に現金がありませんでした。翌日タイムカードを押してから秋葉へ一直線(笑)。AMD-K6 233MHz以来のCPU購入です。Intel純正CPUの購入としては、ノーマルPentium-120MHz版以来ですから二年ぶりくらいとなりました。  さて、マザーボードです。PentiumIIなら話は簡単で、ほとんどのマザーで大丈夫でしょう。440LXでもBXでも動作するはずです。ただ今回はCeleronを前提に情報集めをしていましたので、クロックアップに強い・つまりベースクロックの変更が簡単で扱いやすいものを選ぶことにしました。GIGAとASUSはメジャーすぎる上にリミッター破りには改造が必要という情報を得ていましたので、今回は他のメーカーから……ということでずばりA-openかABITに標的を絞っていました。ジャンパレスと稀少さに惹かれ、ABITのBX6に決めてみました。

 現在使っているメインマシンの骨格はここで決まりました。440BX+PentiumII266です。メモリは最初古い32MBのSDRAMを使っていましたが、これだと全然ベースクロックを上げられないことに気がついたので、PC World EXPOのときにTWO TOPの出展ブースで買った\9,800-のPC100対応64MBメモリに換装しました。現在の運転クロックはベース75MHz×4倍=300MHzで安定動作しています。DOS版のDOOMをはじめ Win98, WinNT, Linux で安定動作しています。DOOMはOSじゃないっつーの^^;。100MHz×3倍=300MHzでも動作しますが、ときどきWindows98で「不正な処理……」でうぉんうぉんうぉんになってしまうのが嫌で、無理しないようにしています。ちなみにWin98のシステムエラーのデフォルトのあの「うぉんうぉんうぉん」の音って嫌ですねー(笑)。華麗にカスタマイズしてあるタスクバーがのっぺらぼうになってしまうとやる気を失ってしまって、カードキャプターさくらでも見て寝よう……という気分になってしまいます^^;。 久々復活! kiyochanのマシン自慢 のコーナー

 アーキテクチャーの骨格が決まりましたので、総力を結集してABIT製のこのボードに拡張ボードを次々に接続していきます。まずはビデオカードだけでBIOSは立ち上がるので、シンプルにそれだけでもよいのですが、BIOSだけ見て喜んでいるのも変なので、いちおうHDDやLANをはじめとする最低構成をつないでいきました。シリアルポートにAtermIT55-DSUをつないだところで、ほぼメインマシンとしての機能は揃いました。  構成は次の表の通りです。

デバイス メーカー・型番 備考

マザーボード ABIT BX6 (440BX) Aword BIOS base100MHz対応

CPU Intel MMX PentiumII266 75x4=300動作 L2cache512KB

外部メモリ Alps SDRAM 64MBx1 PC100対応

ビデオカード 3Dlabs Permedia2 AGP版 SGRAM 8MB

HDD JTS E-IDE 4.3GB Ultra DMA-33

NIC Winbond W89C940 PCI

TA NEC AtermIT55 DSU MP128対応

SCSI Buslogic KT545C Legacy ISA

SOUND S3 Sonic Wavetable搭載 PCI

CD-ROM CyberDrive SCSI 12倍速

Floppy Mitsumi 2Mode ---

MO Fujitsu 230/128対応 SCSI-2

CRT SONY CPD-17MS TVチューナー・Video端子付

 以上のような構成です。基本コンセプトは安く・速く・快適に……です。常用メインOSはWindowsNT workstationです。バージョン4.0日本語版ですが、96年の発売なのでもう二年近くたってしまいました。バンドルソフトの「売り」がInternet Explorer 3.0ですので、ちょっと古さを感じてしまいますね。Windows98のシェルに慣れてしまってからは、タスクバーにショートカット登録ができないのがなんとも不便で仕方ありません。やむをえずWindows3.1の頃に使っていたようなデスクトップランチャーをインストールして使っています。

 セカンドOSとしては今のところ買ったばかりのTurboLinuxの2.0を入れています。二度目のインストールになりますが、一度もインターネット接続に成功したことがなくて、それだけが難点です。ダイアルはしているようなのですがユーザー認証に失敗するのかPPPが確立できないようです。PPPができないOSなんて使い道ありませんね。1.0や1.4では難なく設定することができたというのに不思議です。旧バージョンではアイコンクリックでの接続はできても切断ができない^^;という重大な問題がありました。自分のマシンだけでのローカルな問題だと捉えていたのですが、最近販売元のパシフィックハイテックさんがその事実をWeb上で認めていたのを読みましたので、ほっとしたところです。自分のところのソフトの不具合を素直に認めて発表する態度は、非常に好感が持てます。こういう誠実な対応には信頼関係が生まれると思います。話は飛びましたが、PPPが動かないOSはほんとうに不便で仕方がないというのが、Internet漬けになってしまっているわたしの実感です。手動で/etc/ppp/ppp-on-dialerや/usr/sbin/ppp-onを、RedHatでうまくいったときみたいにエディタ使って何度も設定し直してみました。しかし結果は同じなのです。もちろんroute del defaultもやったし、Xの起動してないコンソールでもチャレンジしましたが、それでも解決しないので最近諦念モードです^^;。そのうちS.u.S.E.LinuxかFreeBSD 3.0(リリースされたばかり)にパーテーションを書き換えるかもしれません。明日にでもやるかもしれませんね。

 サードOSとして使っているのはWindows98です。これがHDDからなくなればどれだけすっきりすることか…とは思うのですが、DOS版DOOMを動かすにはこれが一番安定していますし、なんといっても「NTで動かないWindowsソフト」がまだまだあるのも事実です。職業柄、いろんな人たちからWindows98に特有の問題の質問も受けますし、わたしのHDDからWindowsがなくなってしまうことはないでしょう。  ざっとハードウェアだけ見ると、いまどきのパソコンのレベルに追いついているような気がします。いちおう300MHzの大台に乗ってますから。所有HDD中の唯一のUltra DMA-33対応だし、ビデオカードも唯一のAGP版です。まさに総力を結集したマシンですが、いまだ筐体に収まっていないのが見た目を悪くしています。わたしは自宅でコンピュータを組むとき、マザーボードを購入してから最初の何ヶ月間かは、この「筐体なしスタイル」で実験を繰り返すのが常になっています。埃や電源周りのセキュリティがちょっと危なくなってきたなぁと感じたところで、筐体に収めることにしています。実際ビデオチップやCPU周辺の放熱も良いし、ボードやメモリの換装のたびに面倒な作業を強いられるよりは、安定してから固定したほうが良いような気がするのです。

 初めてSLOT1システムを導入したわけですが、驚くぐらい速くなったというような実感はありません。これまでの最速システムがAMDのK6-233だったのでクロック自体は三割増くらいですから、やむをえないのかもしれませんね。ベンチマークで見る限りではWindowsNTがいちばんよい記録を出しています。しかしNT自体がかなり重いOSであるため、相対的なOSの起動速度は大して変わらないようです。Windows3.1とか入れたら飛ぶように動いたりして……。これからもWindowsは使い続けていくとは思いますが、LinuxなどのPC-UNIXもわたしの中では実用一歩手前まで行っていますので、今後の自分の努力次第という感じがします。IEもこれはこれでよいのですが豪華な機能が付加されれば付加されるほど離れていきたい気持ちになるのは、きっとわたしだけではないでしょう。XでNetscapeが簡単に動かせるようになってきたこの一年あまりで、状況はかなり変わってきたと思います。

 ハードウェアは適宜入れ替えながらこれからもやっていくと思います。今回のPentiumII導入の際はほとんどのこれまでの資産が使えました。取り替えたのはCPUクーラーやPC100対応のメモリくらいです。さすがはAT互換機といわれるゆえんですね。しかし、いま自宅にプリンタがないとか、問題もあります。コストと機能の狭間の中で、これからも拡張や交換を繰り返していくことでしょう。


1998-07-08(Wed) X window systemの巻 (後編) [長年日記]

_  前回の更新から実に3か月も経過してしまいました。後編に入ります。最近ちょうどXFree86以外のサーバーも使っているので、ちょうどよいタイミングになりました。

 前編で書いたとおりにXが動くようになれば幸いです。FreeBSDや各種LinuxのCD-ROMには数え切れないほどのXアプリケーションが入っています。このところの新バージョンではハードウェアの設定やデスクトップの設定がGUIで簡単に変更できるようになってきました。中でもTurboLinuxの1.4アップグレードでは、サウンドカードの設定がGUIでできます。ちょこちょこっとIRQやIO-port addressを入力していけば、なんと再起動なしでサウンドブラスタから音が出ました。ソースリストを書き換えてコンパイルっていう、時間と労力のかかるカーネル再構築の手順を踏まなくていいなんて、PC-UNIXとしては長足の進歩だと思います。商用Linuxのサービスぶりは目を見張るものがあります。もちろん、お手軽に設定できてしまうと、深い理解は得られないという弊害はいつもついてきますが……(その最たるものが---intoshや---dowsかも)。

 動けば極楽で美しいXですが、動かないときの苦労といったらありません。動くまでは当然コンソールで試行錯誤する必要がありますし、startxのあとでだんまりしてしまって、Ctrl+Alt+BackSpaceでもプロセスを殺せない状態になることもままあります。Xが立ちあがらない原因としてはいくつかありますが、

   モニターのリフレッシュレートがスキャンレンジを超えている。
   ビデオカードの色数と解像度が不可能な組み合わせになっている。
   正しい X server のバイナリをインストールしていない。
   正しい X server にシンボリックリンクが張られていない。

と、ざっとこんなところでしょう。

 経験的に言って、/usr/X11R6/bin/XF86Setupなどのユーティリティを使って大まかに設定したあと、テキストエディタで/etc/(X11/)XF86Configの中の使わない解像度とか色数の部分をコメントアウト(または削除)するというのが早道だと思います。リフレッシュレートだけが合っていないときは、Xの起動失敗のメッセージの中に「水平リフレッシュレートはなんぼ以上にしてよ!」というメッセージ(もちろん英語で)が出ますから、それに合わせていくということになります。色数に関しては、ビデオカードのメモリはいまどきは4MB以上のばかりなので、1024*768のフルカラーでも問題なく設定できるかと思います。

 X server バイナリの正しいインストールというのは意外に盲点です。わたしもこないだハマったばかりです。XFree86 3.3.2で S3 ViRGE/GX2が動くようになったと聞いて、早速自宅でS3Vサーバーをインストールしたんですが、どうやってもXが動かないんですね。以前にFreeBSDのカレントからサーバーだけダウンロードして組み込んだときは確かに動いたんだが……記憶違いかな、とも思いました。LinuxとBSDにはバイナリに互換のないものもあるし、Linuxでは動作確認されてないのかもと少し弱気になりました。しかしTurboLinuxのアップグレードパッケージの裏ジャケットにははっきりと「ViRGE/GX2」の文字があります。平日の夜にほとんど徹夜状態で「viで修正→X起動→失敗」のサイクルを繰り返しました。うーん。どうにもならん。こういうときはDocumentに何か書いてあるかも……ということで読みたくもない英文Documentをエディタで開いてみます。すると、むむむ、GX2はSVGAサーバーを使う?らしい、です。貧弱な英語読解力ですが、そうらしいことはなんとなく感じ取れました。

 XF86_SVGAのバイナリをgzipしてtarして手動で展開しました。たまにやるとパラメータ忘れてます。そして/usr/X11R6/bin/Xを削除します。この「X」の実体はシンボリックリンクですが、普通のファイルと同じように「rm X」で消えます。そして新しく「ln -s /usr/X11R6/bin/X XF86_SVGA」でSVGAサーバーにリンクしてやります。/etc/XF86Configについては繰り返し試行錯誤したので練りこまれているはず……ということで消さずにそのまま使いましょう。さて、緊張の一瞬です。startxと入れて「Enter」。立ちあがりました! きれいなAfterStepの画面です。ドキュメントを読むのは大切なことだと思いました。BSDでやったときは何メガものバイナリをダウンロードしなくてはいけなかったので、勢い慎重になってまずはドキュメントを読んだんでしょうね。完全に忘れてました。

 XFree86はバージョン3.3.1でViRGE/GX, 3.3.2でViRGE/GX2 をサポートです。ノートパソコン用のビデオチップ ViRGE/MX も動くという話です。ノートでメジャーなNeoMAGICのチップは最新の3.3.2+パッチ当てで動くらしいです。「Libretto100でXFree86」という記事でSoftware Design 7月号P.88に設定方法が紹介されています。今年の初めに富士通のノートパソコンを買わないかという話が個人的に舞い込んだのですが、チップがこのNeoMAGICだったので見送りました。X非対応のチップは苦労しますので。

 VRAM4MB級のビデオカードはずっとくだんのS3 ViRGE/GX2一枚こっきりだったのですが、この六月になって職場で配転があり、PCごと引越しをしたついでに、ビデオカードを新調しました。幕張の展示会で\1,980-で買ったATIのMach64の2MBから、いよいよ乗り換えです。Mach64はCOM4とIOアドレスが必ずバッティングするという以外は、非常にソツのない標準的なビデオカードでした。95もNTもXも無難に動いてました。新しく買ったビデオカードはPermedia2の8MB-AGPです。マザーがVIAのチップセットなのでSocket7でもAGPが使える!というのが売りだったのですが、最近では珍しいことではなくなりました。はじめてのAGPビデオカードです。さぞかし速いだろう!と予想していましたが、そうでもないですね。普通です。ネスケのスクロールはたしかに引っかからなくなったような気はします。

 Windows98のベータ版で使っていますが、付属してきたCD-ROMに入っていたドライバだとウィンドウのタイトルバー周辺にごみが出てしまいます。美しくないので、3D LabsのWebサイトから最新版のドライバをダウンロードして組み込んだところ、解消しました。正式版のWin98には新しいドライバがついてくるんではないかと楽観しています。  ところでこのPermedia2というビデオチップなのですが、実はXFree86 3.3.2では今のところ動かないのです。しかし、Diamond Multimediaの「Fire GL 1000」という商品などでかなりメジャーになってきましたので、次期 X のバージョンではサポートされる線が濃厚です。したがってFreeBSDではいまのところ動かす術がありません。Accelerated-X の 4.1では動くという話ですが、体験版をダウンロードしてインストールしてみましたが、どうやってもXは立ちあがらなかったです(一週間くらいをこのために費やしてみたが、だめだったっす)。

 しかし、なんとしてもPermedia2でXを動かそうという気持ちのあるあなた!落胆することはありません。商用Linuxのパッケージでは「Xglint」サーバーが付いているものも存在します。標準でglintサーバーが付属しているパッケージは「Turbo Linux (1.4)」「S.u.s.e Linux 5.2」などです。わたしは両方買ってしまいました^^;。商用のUNIXというと高価なイメージがあるかもしれませんが、この二つのパッケージは格安です。数千円でLaser5などで販売されています。ほかにも Metro X というサーバーもPermedia2が動くそうです。こちらはRed Hat Linuxにバンドルされています。わたしが今のところ使っているのはOS部分はTurboLinux、サーバーだけS.u.s.eのCD-ROMからXglintサーバーをpkg_addしました。ちゃんとXが動いています。この手を使えばFreeBSDでも、Xserverのコピーでいけるのではないか?という希望的観測が生まれますよね。抜かりありませんぜ。ちゃんと試してみました。結果は……動かなかったです。BSDとLinuxではバイナリの互換がないという意味のメッセージが出てきました。ソースからコンパイルすればなんとかなるのかもしれません。でもそこまでやる気は起きないので、意欲のあるかたはチャレンジしてみてもいいんじゃないでしょうか。

 Permedia2はXFree86にリストされていませんので、FreeBSDでおなじみの「XF86Setup(前編参照)」ではセッティングできません。やるならLinux(RedHat系インストーラ)のXconfiguraterを使います。テキストベースのインストーラですが、すこし慣れれば使いやすいと感じられるようになります。

 セッティングが終わってからのチューニングもそれほど苦労はありませんでした。チューニングは /usr/X11R6/bin/xvidtune で行います。「Auto」のボックスをチェックしとくと楽です。移動しすぎるとスキャンレンジを超えてしまうビデオカードもたまにありますが、だいたいこれで折り返しやゆがみは調整できます。モニタの仕様をきちんとXに伝えるには、etc(/X11)/XF86Configを直接viなどのテキストエディタで直したほうが楽ですね。先述のxvidtuneも(内部的には)このファイルを書き換えているだけなんです。

 後半、PermediaやS3-GX2に特化した話となりましたが、一事が万事で、Xに対応してないビデオカードの場合、似たようなものを当たれば何とかなるかもしれない……ということです。それにしても Accelerated-X の体験版がぜんぜんいうこときかないのは困りました。Accelerated-Xは何万円もするソフトウェアなんだから、さくっと動いてほしかったなぁ。

 フリーのUNIXで初心者の関門となる「X window system」について2回にわたり書かせていただきました。疑問や不明な点がある人!いっしょに克服していきましょう。UNIXは努力がそのまま実ります。努力しなければ何も身につきません。ヘルプが英語だとかエディタのviが思い通りにならないだとか、いちいち引っかかってしまいますが、時間をかけてマスターしていくしかありませんね。わたしも努力します。がんばりましょう。


1998-05-13(Wed) IOI-9100UWのPC9821Xa7への組み込み [長年日記]

_  日付の順から言えば今回はソフトウェアのほうのコーナーを先に更新するつもりでしたが、IOIのSCSIアダプタの組み込みで大変苦労する事件がありましたので、急遽その一部始終を書いてみることにしました。ソフトウェアのほうで前回予告していました「X window system 後編」はもう少しあとになります。ご了承ください。下手したら夏休み前後になってしまうかも^^;。

 ずっと使っていなかったNEC-PC9821Xa7C4を引っ張り出したのは、セカンドの自作AT互換機を某講師に中古で買い取っていただいたからなのでした。このコーナーの過去ログを読んでみたかたや私と直接会ったことのある人は、よほどPCが家にたくさんあるかのように誤解している人もいるようですが、常に使える状態にしておけるマシンというのは2台が限界です。職場でも、メインで使っているK5-200(ほんとは166PRだが猛クロックアップ)と486DynaBookの2台です。家でもほとんどがメインマシンで事足りています。二台目は実験用になることが多いです。または特定の機能だけ使い分けて、データをLANでやり取りする……というあたりに落ち着きます。3台あると三台目は埃をかぶるということになりますね。したがって今回話題にするPC9821は、買った当初は98専用ゲームで遊んだりはしましたが、その後ずっと埃かぶり状態だったのでした。

 セカンドのATを宅配便で送り出してから、このNECマシンを引っ張り出すことを思い付きました。電源オン。正常に起動しました。最後に手を加えたのはいつだったかわかりませんが、たしか付け替えたCPU、AMD K5-90PRがあまりに不安定だったので(というよりベースを60MHzに変更していたせいでメモリ周りが不安定になっていたので)もとから装備されていたインテル純正Pentium75MHzに戻したっきりだったと思います。パリのないサードパーティのL2Cacheも実装した状態でした。

 わたしがまず考えたのはMIDIで使うということでした。サウンドブラスタ互換のJoyStick・MIDIポートというのがNECマシンの場合はありませんので、ATでもやったことのないシリアル-SC88の接続をやってみました。Xa7以降の98は115200bps対応のシリアルポートが使えて、com1・com2がAT互換機と同じように利用できます。15pin-9pinのアダプタをかませるとSC55のMIDIデータとしてしか音源に送られなかったりというトラブルはありましたが、Rolandの最新ドライバを組み込むことで解決し、結果的にはMIDIマシンとして使用することができるようになったのです。

 しかしさすがにPentium75マシンでは、Windowsの重いアプリを動かすには厳しいのを体感してしまいます。なんとかパワーアップしたいところですが、NECのマシンにCバス(NECの標準拡張スロット)ボードなどを追加して投資しても、あとあとATでは使えないのでそれきりになってしまいます。投資が無駄にならないものといえばPCIバスのボードやSIMM・外付け機器類くらいです。そこで思いついたのは起動時間・検索時間・ファイルのコピーや読み取りの際にボトルネックとなる、ハードディスクの換装でした。この9821Xa7C4に標準装備されているのは425MBのIDE HDDです。起動して中身を見てみたらほとんどもう空きはありません。たぶんFAST-ATA2の規格でしょうから、データ転送速度は16MB/sでしょう。ultra SCSIなら20MB/s、ultra wide SCSIなら40MB/sにまで改善できます。たとえCPUがPentium75でも、これならかなり快適になるのでは……と思ったのです。ドライブはATでも当然使えますし、PCIのボードを買えばこちらもATに流用することが可能です。ただSCSIを使うためのBIOSやドライバなどのソフトウェアがPC98対応のものでなくてはいけないので、高い買い物・つまりadaptecのPCIボードの導入などを視野に入れなくてはならないのが難点だなぁ……と思っていました。

 PCIのSCSIはほかにも何社かありますが、わたしの持っているTekramのDC390(チップはAMDのを使っているようです)はNECマシンでは動かなかったという経験があります。BIOSをジャンパで切れば動く可能性もありますが、どっちみちSCSI-2ボードなのでデータの転送速度は10MB/sまでです。fast-ATAのIDEより遅くなってしまいます。残るSCSIボードメーカーで考えられるのはSymbiosとかAsusとかがあります。いずれもAT互換機市場の製品なのでPC98シリーズでの対応は望めません(ひょっとしたら動くのかもしれないが……)。うーん、あとは最近出てきた怪しげなabaptekブランドのIOI社かぁ、明らかにadaptecと間違えて買う人を期待するようなブランド名(最近はこの名前を使ってないようで、IOIに統一している模様)だし、でも安くて動くならいいんだけど、とかいろんなことを考えながら、とりあえずWebで調べてみることにしました。

 IOIの製品は秋葉原の信頼できるショップなどでも置いてあり、うちの自作AT互換機をAMD-K6-233MHzに換装したときも候補として調べた経緯があります。Ultra wide SCSIのボードは3バージョンほどあったと思います。これまで使ってきたSCSI-2規格のパーツも使えるマルチチャンネルタイプで値段もそこそこというIOI-9100UWがベストな選択でしたが、K6換装のときは結局コストの面からIDEのDMA33ドライブにしたので、ボードの購入は見送ったのでした。

 型番までわかっていたので、Webでの検索にはすぐに引っかかりました。http://www.ioiscsi.com/にドライバダウンロードや製品紹介のホームページがあります。その9100UWを中心につらつら眺めていたところ、ありました!「PC9800 support」の文字が。実売が一万円程度ですので、動作保証のあるadaptec純正の同等品(AHA-2940UWなど)に比べても1/2~1/3程度の価格です。これで98のPCIバスで動けば言うことないですね。というわけで早速秋葉原に出かけたときに買いました。どのショップでも値段は大差なかったのでTWO-TOPで購入しました。たまには混んでいる店で買ってみたいという気持ちも働いたと思います。フリップフラップのほうがちょっとだけ安かったみたいです。でもまぁ数百円の差だったので問題なし、と。

 家に帰って箱を開けてみるとAT用のドライバディスク2枚と、PC98用のドライバディスク1枚が入っています。Webで宣伝してある通りで一安心。英語のマニュアルにはPC98でのことは触れられていないようです。しかし、95やNTでのドライバ組み込み操作はマシンのアーキテクチャには関係ありませんので、とくに気にもしなかったのです。

 ということでPC9821Xa7のケースを開け、二つ並んでいる白いPCIバスの一方にこのボードを挿入しました。とりあえずSCSI機器はなにも接続せずに電源オン。順調にPlugアンドplayで認識されるのを期待しつつ……。

 しかし、98のメモリチェック「640KB + xxx00KB」の表示がいつまでたっても消えません。進まないのです。接触が甘かったかなーと思って電源オフ。一度ボードを抜いて再び差し、ほかの周辺機器の接触箇所も念入りにチェックしました。そして電源を再びオン。メモリチェックが始まりました。しかし……やはり結果は同じ。なんかSCSI機器をつないでないとだめなのかも(ターミネータが効いていない?)と思い、MOドライブをつないでから電源を入れることもやってみました。それでもやはり結果は同じ。起動プロセスが始まらないのです。不良品だったかいな、という疑念も持ちつつ電源を落としました。ボードを抜いて今度はAT互換機のPCIバスに差してみました。そして電源オン。こちらはメモリチェックの後Energy Starのロゴが消え、起動プロセスが正常に始まりました。SCSI BIOSが読み込まれてBIOS revisionなどが表示されていきます。あっ、そうか、BIOSだ!と気がつきました。AT互換機用のBIOS-フラッシュROMが載っているので、これをPC98用のBIOSに書き換えないとだめなんだな、と理解できました。そういう大事なことはマニュアルなりパッケージなりに大書しておいてほしいもんだよ……と思いますが、どこにもそんなことは書いてありません。ま、安いボードだしそれくらいしょうがないかということで、自分を納得させました。落とし前はちゃんとつけないと収まらないので、慣れない英語を駆使して先述のWebで公開されているIOIのサポートメールアドレスへ「あんたのとこのSCSIボードは、そのまま差したんじゃNECのPC98が立ち上がらんぞ。どうしてくれる!」という内容のメールを送ってやりました。即日お詫びのメールが返信されてきました。「数あるSCSIメーカーの中から、我が社のボードを選んでいただきましてありがとうございます。……中略……。解決を手助けしたいので知らせていただきたいことがあります。そのボードのBIOSのリビジョンはいくつですか?」。ん? だからPC98は立ち上がらないのだからリビジョン番号は調べようがないわけなんだけど……。ATで調べればAT版のBIOSリビジョンは見ることができるけど、それはたまたまわたしがAT互換機を持っていたからだし、98しか持ってないユーザーだったら調べられないわけですよ。ボードに印刷されているわけでもないし、マニュアルには98に関する記述はないし……。わたしの英語がちゃんと伝わらなかったのかもしれません。メールのやり取りはそこでやめました。

 とにかくSCSIボードをPC98で使えるようにしなくてはなりません。BIOS書き換えユーティリティがついているはずです。NEC版の付属フロッピーの中を探してみたら、ありました。Readme.txtにもその旨が書いてあります。早速AT互換機をシンプルな英語DOSモードで起動し、コマンドラインからROMデータをパラメータにして実行しました。すると、フリーズするのです。日本用だから日本語モードでやんなくちゃだめなのかとも思い、やってみましたがやはりフリーズ。WindowsのDOS窓でももちろんフリーズ。ううっ、どうせえっちゅうんじゃい!!。なぜだ、なぜなんだ、と考えました。そうか、このBIOS書き換えユーティリティはPC98シリーズのDOSプログラムなんだ、と気がつきました。そういう大事なことはマニュアルなりパッケージなりに大書して……とまた怒りが湧きそうでしたがまた繰り返しになるので、気持ちを平静に戻して98で書き換えに臨みます。しかし、わたしはジレンマにすぐ気がつきました。ボードを差すとPC98は起動しないのです。フロッピーからも立ち上がりません。ボードに載っているAT用のBIOSが書き換わらない限り、PC98はこのボードを差したままでは起動しないのです!

 BIOSチップをじーっと見ました。こ、これさえ外せれば……みたいな。TekramやadaptecのSCSIボードみたいに、せめてボード上にBIOSのon/offジャンパがあればいいのにと考えましたが、あるのはターミネータの設定ジャンパのみです。このBIOSチップって取れないのかなぁ、って爪の先でくりくりいじっていたら「かぴょん」と取れちゃったのです^^;。ひょえーーー(笑)。しかもチップの足がひん曲がってしまった。折れなかっただけ幸いですね。落ち着いてチップの足を一本一本真っ直ぐの状態に戻し(かなり冷や汗をかきました。あれは心臓に悪いっす)、装着できる状態に復旧しました。ほっ。

 ここまできて思いついた新しい作戦は次の通りです。BIOSのない状態でSCSIボードを差しておいて、PC98を起動する→起動したら電源の入ったままBIOSチップを取りつける→BIOS書き換えユーティリティを走らせてPC98対応のROMを書き込む→無事、起動、というシナリオです。どのプロセスもうまくいくという保証はどこにもありませんが、やってみることにしました。

 BIOSを抜いた状態のままSCSIボードを差し、PC98の電源をオン。メモリチェック終了後、起動プロセスに移行しました。第一関門通過です。Windowsを起動させてしまっては面倒なのでF8キーで起動セレクト。コマンドプロンプトで無事起動しました。さてBIOSの装着です。これが一番緊張した一瞬です。急に回路が閉じるわけですから過電流が走る理屈になります。燃えても知らんぞ、それっ、という感じでBIOSチップを差しました。熱も火花も煙も出ませんでした。しーんとしています。電源ファンのぶーんという音だけが静かな部屋の中に響いています。キーボードからキーを叩いてみるとフリーズもしていないようで、正常に文字が表示されます。どうやらうまくいったようです。次にBIOS書き換えユーティリティを動かします。フロッピーの中の所定のディレクトリに移り、ROMデータを書き込もうとしますが、ん、止まってしまいます。フリーズはしてないようでCtrl+Cで戻ってこれるので一安心。再び書き換えをやってみました。またも止まります。しかし、今度は「same version……」と出てますので、書き換えの痕跡は残っているようです。やむなくまたCtrl+CでDOSに戻り、再度強行しました。三回目にして「……successfully」と出て、自動でDOSに戻りました。フロッピーを抜いて再起動。メモリのチェックの後、SCSI BIOSのリビジョン表示が出ました。大成功!! 順調にWindowsが起動し、プラグアンドプレイでSCSIボードが認識され、ドライバの組み込みも正常にできました。かくしてIOI-9100UWが使えるようになったというわけです。だーっ、大変だったぞー(笑)。

 なにかしらほかにも使える方法があるのかもしれませんが、わたしには思いつきません。こんなのPC9800対応などと宣伝して売っているのはまずいんじゃないっすか。ねぇIOIさん。ふつうのPC98のみのユーザーだったらそもそもPCさえ立ち上がらないわけだし、打つ手はないですよねぇ。これは今思いついたんですが、ATでAT版の書き換えユーティリティ走らせて、データROMのパラメータだけ98版使う? ひょっとしたらチップ引っぺがさなくてもうまく行くかもしれませんね。ただしAT互換機を持っていないユーザーだと無理です。別々のフロッピーに入っているわけだし、HDDのテンポラリか何かにプログラムとROMデータコピーして英語DOSで立ち上げて……って考えたら結構面倒です。

 わたしにもう少し英語力があったら、このページの内容をそっくりそのままIOI社に読ませたいくらいです。そもそも英語がちゃんと書けたらその前にメールのやり取りで解決方法に出会っていたかもしれませんね^^;。あー、もっと学生のときに英語勉強しとくんだった。って、よくある話ですね。今となってはそんなエナジーも暇もありませんから。ま、とにかくSCSIボード動くようになってよかったっす。でもultra wide SCSIのハードディスク買うお金がないので、まだ古いSCSI-2の遅いHDDつないで使っています。IDEより遅いぞー(笑)。

 今回の教訓としては、いつもと同じですね。「NECマシンは何かとめんどくさい」と^^;。ATならボード差すだけでプラグアンドプレイだったのにねー。改造した今回のボードをまたAT仕様に戻すとしたら、また同じプロセスをAT互換機でやらなくちゃいけないわけです。今度こそBIOSチップの足が抜けそう(笑)。当分PC98で使います。NECは毎回苦労するなぁ。


1998-04-09(Thu) 快適なPC環境のために [長年日記]

_  とにかく何でもよいからパーツをとっかえひっかえして自分流に組み上げること自体が楽しい……というパラダイムは通過し、いかに自分にとって快適なPC環境を作るかを模索する段階に入っているわたしです。これはずっと続いていく課題かもしれません。「自分にとって」というところが大変重要です。PC雑誌にありがちなたとえば「Windows95でのWord97ベンチマークによる性能比較」は役に立ちません。ワープロソフトも持ってなければWindows95すら使っていない状況です。職場の自作機にはテスト用にWindows95を一個所だけ残してあります。それもWindows98betaに書き換わるのは時間の問題です。

 メインOSは Windows NT workstation です。使いやすくて重宝しているのですが、たいへんなメモリの大食いOSです。PCを起動しただけで30MB以上をすでに消費しています。ですから快適PC化の第一歩はメモリの増設に始まります。

 SIMMやSDRAMの価格が暴落して久しく、32MBでも秋葉原なら4000円~6000円が最近の相場です。自宅で96MB、職場で64MBにしてあります。実験用のチープマシン(さすがにNTは入れてない・Windows98でずたずたの状態)でさえ古いSIMMのかき集めで48MBです。最近のマザーボードにはセカンドキャッシュも驚くべきことに512KBとか1MBとか積んであるので、安心して64MBを超えるメモリが使えます。これでとりあえず頻繁なスワップ・ページングで待たされることはなくなります。

 つぎは高速なディスクインターフェースです。先日やっとのことで UltraDMA33 対応の E-IDE HDDを導入しました。バスマスタ転送33MB/sですぜ。以前は速いということで定評のあったSCSI-2で10MB/sですから、三倍以上です。高価な Ultra Wide SCSI は40MB/sなのでさすがにこれには負けますが、マザーとHDDさえ対応していれば特別なケーブルやボードも要らず、安上がりです。これは去年の春430TXチップセットのマザーボードを買ったとき、バスマスタ転送の速さを実感しました。IDEって実はこんなに速かったの?っていうか、こんなに快適ならもっと早く交換すべきだった!!と思いました。BIOS detect画面が速すぎて読めない(!)。古いマザー(といってもれっきとしたSocket7.ただし430FXだったりした)にこだわっていたばっかりにCPU・ビデオカードやメモリの性能を生かしきれていなかったことを実感しました。チップセットっていまだに何がどうなってるのかわからないけど、新しいとかなりスピードアップするということだけはわかりました。

 そして処理速度の本命であるCPUです。パワーユーザーはなぜか最新CPUを追いかけない傾向があるみたいですね。それはなぜか……ずばり「高い」。ほんとに高いんだもん。Pentium2の400MHzがx86系では現在最速のようですが、バルク品でも10万円近くします。10万円あったら、あのあこがれのMilleniumが・何度も迷って我慢したSB64が・CD-Rが……って買えてしまう値段です。わたしはCPUに手を出してペイするのは「二万円以下になったら」と信じるようになりました。Pentium2の流行によりこれまでの(MMX)Pentiumとその互換品がずいぶん安くなったものです。自宅で使っているCPUはAMDのK6-233MHzです。数秒でNetscape4が立ち上がります。職場ではMMX非対応ですが同じくAMDのK5-166MHzを使っています。こっちはゆうゆうオーバークロックが効くみたいで、ここ数ヶ月200MHz動作させて知らん顔していますが、問題なく動いています。非intelもなかなかやりますね。話は戻りますがわたしにとってWordやExcelはどうでもよくて、とにかくNetscapeとPhotoshopがさくさく動いてくれたらよいのです。K6になってMMXもOKになりましたので、Photoshopのアドオンや鋼鉄のガールフレンドも速くなった「はず」です。MMXはどうも体感できないというのが正直なところです。

 これでマザーボード・CPU・メモリ・HDDとPCの基礎体力は十全となりました。あとはネットワーク周りとビデオ周りとなります。

 ネットワークはFTP,WWWをはじめとして、外部との接続を確保するのが中心ですね。家庭内LANはマシンの台数がしぼられてきた今は、さほど必要は感じなくなりました。今後CD-Rを導入したり、再びキャプチャを専用マシンに分けたりしたら活用できるでしょう。今もいつでも使えるようにイーサネットアダプタとHubだけは接続してあります。

 昨年春から使っているISDN、快適です。大量のFTPアップロードのときに有り難味を感じます。ふだんは28800bpsダイヤルアップでも不自由ない感じです。マルチリンク128Kbpsはほとんど使いませんね。電話代は倍になっても転送速度は必ずしも倍にはならないからです。いいとこ7割増しってとこでしょうか。TA選びのときはかなりこだわったのですが、NECのAtermIT55DSUはちょっともったいなかったという気がします。もし故障して買い替えることになったりしたら、次はサードパーティー128Kbps非対応で、アナログポート1の安いやつを選ぶことになるでしょう。ニフティもWWWから入れるご時勢ですからね。

 ビデオカードは激安の view top S3 virge GX2 です。所有している中で唯一の4MBカードです。1024*768でフルカラー表示してくれるのはこれだけなので貴重品です。最近PC-UNIXのXサーバーがこのカードに対応してくれました(XFree86 3.3.2より)。リフレッシュレートは85までです。可もなく不可もなくって感じです。職場のMach64は完全に減価償却したと思います。だって1980円だったんですもの。次の課題は空いているAGPポートに差すビデオカードの選定です。まだしばらくこの1980円カードを使い続けるでしょう。

 さてわたしの Web contents の重要なファクターであるビデオキャプチャです。これはこれまでずっとVitecのvideoNTというISAのボードを使っていました。静止画・動画をキャプチャできる上に、静止画のショートカットキャプチャができる優れものです。ctrl+Fでどどどっと指さえ動けば何枚も瞬間的にキャプチャできます。バッファに30枚近く(48MB時)貯められますので、あとでゆっくりまとめて保存ができます。ほかには、あんまり使っていなかった機能ですがリアルタイムMPEGエンコードができます。しかしこれは画像と音声を別々にエンコードしてあとからファイルを結合するという大変面倒な手続きを要求するのでいやになりました^^;。あといやな感じがしたのはプログラムが16bitのAPIだったということです。Windows95専用のパッチも公開されたのですが、まずは16bitのソフトをインストールした後にアップグレードするタイプなので、なんとなくこういうのってだまされてるみたいで嫌ですね。当然WindowsNTではピクリとも動きません。まあしかしこれだけコンテンツを作ってきたので減価償却はしたと思えます。買った当時で四万円を超えていたので、ひょっとしたら私が持っているパーツの中で一番高かったのではないかと思います。EDGE 3Dより高かったわけですし。

 最近新しく使いはじめたCanopusのV-portですが、キャプチャ操作にもだいぶ慣れてきました。きれいに取れるというのがアドバンテージです。パラレル接続というのが特徴ですが、長所であり短所でもあります。IRQやIOアドレスを消費しないで組み込めるしそのおかげか原因不明のフリーズもありません。Windows98beta3でばっちり動いています。しかしその一方で転送が遅いという問題があります。といっても10数秒くらいなので我慢できない時間ではありません。vitecの「瞬間キャプチャ」に慣れていたので、そっかパラレルって遅いんだっけ?と気がつきました。ZIPドライブでパラレルとSCSIと両方使っていたときも、その差は歴然でした。シリアルよりは速いんですけどね^^;。

 v-portのソフトウェアは32bitだしよくできています。ファイルを連番で保存してくれるのは願ってもない機能でした。vitecのやつなんぞ拡張子すら記憶してくれなかったので、いちいちファイルの種類まで指定し直さないと次のファイルに行けなかったですから。v-portは欲を言えば、画像補正の設定を保存するだけでなくキャプチャと同じ実行してくれると助かります。面倒なのはそこだけですね。あとNT対応を強く望んでいます。

 ほかにもサウンドカードとか季節もののMIDIの装備とかありますが、ここらへんはDOOMやるときにちゃんと動いてくれたら問題無しです。最新ゲームを追っかけていたらもっともっと高速化を策定するのだと思いますが、いまのところあまり焦りもなくほどほどで満足です。鋼鉄のガールフレンドをやったときに画像と音声のタイミングが同期しなかった部分があったので、いつかチューンナップして再び望もうと思っています。エヴァにハマってしまったわたしなので一挙にDVDドライブとかも気になりはじめましたが、当分はレーザーディスクで我慢できそうです。


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