昨年まで六年連続で議決権メンバーだったのだが、今年は何の役割も持たずオブザーバーとして参加してみた。
自分が手がけてきたことの結果が目の前で評価されている……という感触が持たれる。それは必ずしもよい評価ばかりでなく、むしろ歴史の段階は過去の否定と未来の止揚の上に成り立つのは必然である。不十分ではあったかもしれないが、自分にできるだけの最善を尽くしてきたつもりであり、いろいろな条件や状況に圧迫されている中で、苦渋の選択をしたときもあった。それを一刀両断で過去の否定がなされると、論理立てて答弁したくなる気持ちになる。しかし新しく引き継がれた人たちに責任は移っているので、ぼくがいまさらくどくどと話すわけにはいかないし、制度上それはできないことになっているのだ。
一時的な感情の流れや扇動で、一挙に流れがそちらに向くこともある。しかし新しいものだけが正しいとは限らない。不安の目で見守っていたが、時折原理や概念に立ち返って大切なものを守ろう!という声も出るので少しはほっとした。守られてきたものには、それなりの守られてきた理由があるのである。ぼくは後半保守的だったかもしれないが、いまの新しい運営者たちも次第に考え方が変化していくことと思いたい。