今月はずっと仕事と委員会などが続く。いわば、何も考えなくても次から次に業務が降りかかるので、あれこれ取り計らわなくてよいから、精神的にはこれが一番楽かもしれない。そう考えること自体、仕事中毒のマゾヒスティック的思考かもしれないのだが、創造と苦悩はいつも隣り合わせである、とか、喜びは苦しみの前後にある、とか、いろいろ理由を編み出しながら自分の境遇を受け入れるというのは、大人の技能なのかもしれない。
日曜の日経新聞のコラムに、南野陽子の記事が出ていた。どこかの国で数百万円の鏡を衝動買いした話が載っていたが、ぼくも君を衝動買いしたいよ。数百万は出せないけど、のしぶくろに包んで差し出す用意くらいはあります(何を…)。人身売買は犯罪っすね。自販機から次々に出続ける缶コーヒーをせっせとかばんに詰めて持ち帰るのも犯罪です。あー、なんか最近こういうの多いね。幸運なのか、釣り糸なのか、よくわからなくなってくる。神様がなにか試しておられるように感じるのは気のせいでしょうか。
まじめに働きましょう。