linuxのテキストブラウザ、w3mから書けるか、テスト。書けてるみたいだね
東京電力の通達で、職場で停電があった。古い回路を切り替えなくてはならないため、どうしても主幹を落とさねばならないときが三回必要だと言う。うちの校舎には二系統から電気が流れているので、三回になるのだそうだ。ふつうは切れてもあまり影響のない深夜や早朝にやるのだそうだが、それには反対した。なぜかって? うちには無停電電源のバッテリー時間のあまり長くないインターネットサーバーが24時間動いているからだ。まとまった時間の停電があると、サーバー管理者のこのわたしが休日出勤や時間外出勤しなければならないのである。最初「朝の5時ごろどうですか?」と抜かしてきた。アホか。始発電車で出てこいとでもいうのか。結局調整の末、授業が終わってなおかつ職員の待機できる時間ということで、金曜午後5時を三週連続ということになったのである。今日が第一回目。
20分くらいかかるということだったので、万全を期してサーバーをhaltし、電源も落とした。ルーターは突然切れてもCMOSは飛ばないし、自動起動してくれるのでさほど問題はない。要はサーバーの手動停止・手動起動なのだ。5〜10分の停電なら無停電電源でカバーできるけど。
そしたら実際は5分もかからなかった。待機は要らないではないか。無停電電源のバッテリーで十分もつのである。居残りしたのに時間外手当もつかない。
わたしの立場は? 当初の東電の言う通り、休日や深夜早朝にやられてて、しかもそのためだけに出勤でもしてたら、わたしの頭は火を吹いてたぞ。
そういうわけで、午後五時五分にはタイムカードを打刻して職場を出ることができた。うれしいのか、腹が立ったのか、自分でもよくわからん。アンビバレントなまま、八王子へ向かった。電車の中で後半座れて眠れた。目覚めて八王子のついてたときには、もうそのことは忘れていた。
符丁っぽくてすんません。いきなり謝ってるし。仲間のお祝いだったの。自分に取っては特別な仲間。一ヵ月くらい前に行くようなことは匂わせておいたのだけど、はっきり行くとは言っていなかった。こういうの、自分っていやらしいんだよね。行って驚かすっていう…。
思わぬ仲間と何人か会えてよかったです。あと、ゆっくりだけど、パラダイムも一つ進んだし。地域のサービスで一緒にやってる仲間もいて、耳かっぽじって話を聞いたよ。「耳栓を外して口に栓をせよ」って今年になってよく聞いたし。荻窪から丸の内線に乗り換えて帰ったせいか、自宅に着いたのは23:00近かったです。
…の投票ハガキがポストに入っていた。今のこのアパートに住んでいる人の中で、自分以外に日本人は果たしてまだいるのか??というのが気になっていた。だから他のポストを覗いてみたんだけど、残念ながら一枚も発見できず。わわわ。やはり自分一人なのか、日本人。しーんとしているので、まだ誰も帰っていないと思うので、回収した人はまだいなさそうなんだけどなぁ。選挙は6/9(日)。金沢キャンセルしたので、余裕で行けます。労働支持政党に一票。
ああっ。また素早くツッコミが入っている。うれしい。でもあまり毎回「うれしい」「うれしい」って連発すると、心理的に毎回ツッコミを強要してしまうような気がするので、こちらのレスもほどほどにしとくね(笑)。あとのお楽しみは、メールなどで。
ちょっとしたことで、非常に高揚したり、一気に落ち込んだりすることのたとえ。メールが飛んでくるたびにドキドキしている。高校2年の頃のようだ。
君はこれで何が買える? しかも二時間以内で使い切らなくてはならないとしたら。ぼくにはわからないよ。毎日あるだけ使えていたあの頃が、また懐かしくもあるが、戻りたい気はしない。
5/30,31の土日に放送大学の面接授業(スクーリング)が、茨城大学内の放送大学茨城学習センターで行われた。今回選択したのは「親鸞と歎異抄」である。浄土真宗大谷派(東本願寺)から出版されているテキストが用いられた。
歴史的な問題ももちろん触れられたが、今回の内容は主に歎異抄の思想についてである。受講生の年齢層は大変高かった。30名近くいた学生のうち、ぼくはたぶん最年少か、あるいは2,3番目の若さだったかもしれない。先生が「お若い方もいらっしゃるので…」というたびにぼくの顔を見ていた。
絶対的信頼というテーマに差し掛かったとき、歎異抄の中の有名な文言「たとひ法然上人にすかされまいらせて、念仏して地獄に堕ちたりとも、さらに後悔すべからず候」というのが示された。法然上人は親鸞の師匠で浄土宗の開祖である。すかされるとは、騙されるの意。師匠に騙されて地獄に落ちても後悔しないと思う、と言っているのである。法然上人のいる草庵「六角堂」に、親鸞が100日続けて通い続けたという話とか、親鸞の弟子唯円が、こころから浄土に行きたいと思えないという疑問を親鸞にぶつけた話など、人間同士の機微の問題がたくさん出てきた。自分の考えを使おうとすることを戒めたり、教団の分裂にどう対処してきたかについても触れられた。
今回は知識を集める感じの授業ではなかったのがよかったと思う。最後にレポートを提出したが、実家が檀家から外れて納骨を京都に移したことや、東と西についての自分の混乱の体験も書いた。自分の宗派について、再考すべきときかもしれない。帰りに歎異抄の著者とされる唯円の寺「報仏寺」に寄ろうとしたが、折からの大雨と赤塚駅からのバスがお寺に向かわなかったことを受けて、今回は断念した。前後の予定はもう少し計画的にやればよかったなと思う。
仏教はやはり葬式や法事のためだけにあるのではない。むしろ、生きるための智慧なのだと思う。「如来大悲の恩徳は、身を粉にしても報ずべし」という恩徳讃にはすこし鳥肌も立った。ぼくはこれまで身を粉にするほどの感謝のこころを持っただろうか。人生には点検が必要である。
金曜の夜に水戸入りし二泊して計8コマの講義であったため、土曜の夜も少し時間があった。そこで東海村に向かってみた。学生のときに実習で宿泊した記憶が甦ってきたからである。
水戸から常磐線を日立方向に三駅ほどで「東海」駅に着く。ずいぶんと変わった感じがした。昔は二面三線の小さな駅で、跨線橋を渡って東口に出たような気がした。いまは立派な橋上駅である。九州の日豊本線の各駅もここ20年ほどで似たような変化があったのだが、関東のこちらも状況は同じようである。
授業が終わって夕方水戸を出たため、東海についたのはすでに日が暮れたあとであった。休日でもあるし、夜になって東海の原子力施設に向かう人は皆無である。寂しいバス停があるが、バスの本数もほぼなくなっており、タクシーで行くほどの強い動機があるわけでもない。
東海村には日本原子力研究所、動力炉核燃料開発事業団、そして昔お世話になった東京大学工学部付属原子力研究施設などが並んでいる。日本で最初に原子力の灯がともったのはたしかこの東海村の実験炉だと思う。この東海村にはそのような各種原子力施設がたくさん並んでいるのだ。JCOの被爆事故が起こったことでも有名になったが、電力会社の子会社や孫請けの施設も含めると膨大な数になるのではないかと思う。
駅から各施設まではかなりの距離があるので、行くのはあきらめて駅前のジャスコで食事をして帰ることにした。やはり地方都市で暮らすには自動車が必須かもしれない。平日の昼間ならば少しは動きようがあったのだが、これも思いつきで動こうとしたための不備である。
ちょっとした運命のサイコロの変化で、ぼくはこういった原子力関連の仕事をしながら、ずっと暮らしていたかもしれないのであった。自分で選んできた要素もあるが、いろんな状況が与えてくれた部分も大きい。これからだってわからないわけだが、自分の選びうる選択は幅があるのだと思う。
あー、行くとこまで行くなあって感じ。主義と沖縄を守るため、自分らの損得も捨てて、ああうつくしや。きのうきょうと自分も同じようなことをしてる気がする。スケールも犠牲もぜんぜんレベル違うけどね。他人のためなら、火を噴いて闘える!のだった。
世界の◎◎のために、大一枚献金! 宮崎の口蹄疫のためにはたった50円しか献金できないのが、なんでこの格差。やはり金額の大小ではないのだった。
体調が悪いこともあって本ばかり読んでいる。
・「格差の壁をぶっ壊す」(堀江貴文)
・「鉄ちゃん・鉄子のカラー版『乗り鉄』バイブル」(櫻田純)
・「奔馬〜豊饒の海2」(三島由紀夫)
・「内閣総理大臣 増補版」(舛添要一)
・「化学の歴史」(アイザック・アシモフ)
・「学問の春」(山口昌男)
・「私小説」(水村美苗)
同時進行で読んでいると精神分裂気味になってくるが、それも楽しいと高橋源一郎氏に教わった(本の中で)。
三島由紀夫はとても手ごわい。でも遅々としながらも進めている。
日本中が嫌っている(ように見える)、ホリエモンの著作も敢えて読み進む。「勝ち組」が転落したときのあのマスコミのかぶりつき方はすごかったね。バッシングきわまれりである。金持ち叩きが好きな日本人に彼は激しい反撃を加えるだろう。
● junk [お疲れさまでした。行って驚かせたいって気持ちよく分りますよ、実はボクもそう(笑)だから自分の時は黙っておいてそれでも..]
● ami16 [あいかわらず精力的に活動なさっているようです、こちらは毎日残業の日々(--;)失業率や有効求人倍率の数字と反比例して..]