夕方は、東側地区の地区委員会に出席。いろいろ言いたくなるのをぐっとこらえ、そして自分の役割のみに徹する。これが今の自分のプログラムだなぁと思う。寒かったので、新規開業した半蔵門線押上駅まで歩くのはやめ。素直に都営を使う。
松屋の味噌汁がまずい。なぜか松屋だけは、味噌汁のおわんの回りに汁がついていても、平気で拭かずに客に出す。こんなひどい店は松屋だけだ。おわんを味噌つぼに直接突っ込んでるんじゃないかと思うくらい、べちゃべちゃなおわん。触ってしまったときは、手を洗わせろ、と叫びたくなるよ。
値段だけ見るといい店なだけに、非常に残念。
オークションで購入したバイクの調子が非常に悪い。ウィンカーもつかなくなり、スピードメーターもやられた。エンストは頻繁だし、もうなんか走るだけという感じ。今日修理ショップに持ち込んでみたが、全部直すと最低六万円はかかるといわれた。本体価格の倍である! そこで頼むのは見合わせ、ネットで調べた修理ショップでも現在見積もり依頼中。些細な故障なら気にせず乗るのだが、ウィンカーつかないと整備不良でまた切符切られそうだし、だいいち危なくてしょうがないよ。
保険も入ったばかりなのだが、こちらは単車を買い換えた場合は、車両交換扱いでそのまま中断・継続できるようだ。さすがは全労済である。電話の対応はよいし、民間保険会社とは違う。
修理するか、買い換えるか、廃車にして自転車生活に戻るか……、人生が思い通りに進まぬことに感謝しております。まあ、調子に乗らないで済むということで。
授業二週目である。少しずつみんな緩んでくる。おかげでこちらも緊張しないですむようになるのだが、そのそのまま放置していると緩みっぱなしなので、締めるところは締めなくてはならない。教育現場というのはなかなかフィードバックがシビアなのだ。
最近の学生の皆さんはもうほとんどコンピュータを使った経験がある。一から教えなくていいだけ教える側も楽なのだが、けっこう自己流の人も多い。いやな言葉ではあるが「矯正」してスタンダードに導くのも、教えるスタイルなのだ。
課題を出すと、早くも到達度に差が出てくる。空いた時間に何を差し込むかも技量が問われるところだ。
埼玉強化月間である。きょうも埼玉のミーティング。埼京線の与野本町。初めて降りた駅かもしれない。ガード下に餃子の王将やサイゼリヤがある。ミーティング後にみんなでぞろぞろ出かける。小一時間お茶飲んで解散。仲間が西浦和まで車で送ってくれた。武蔵野線で北朝霞まで出て東上線に乗り換えたら、家まであっという間だ。板橋と埼玉は近いのだった。
おしのびで北海道へ。ブログに書いたらもうおしのびも何もないんだけど。新千歳空港に降り立つのは、夕張、帯広の各宿泊研修会と、広報のフォーラム以来。道内に到着すると感じるのは、土地の区画の広さである。そして雪の残る広大な枯木の林。どこまでも続く並木という感じなんだよね。
そしてやはり防寒対策が徹底している。電車も地下街も公共の場所にはドア、ドア、ドアである。歌舞伎町の地下街のサブナードみたく、冷気の侵入を防いでいる。歌舞伎町は浮浪者対策だと思うが。
地下鉄の一日乗車券で東西線の端から端へ。アミューズメントスポットをいくつか回る。道端には雪の残り。桜はまだまだ開花していない。春はこれからである。
大学づいている自分にとっては、関心はやはり北海道大学であった。初めて入った北の端の帝大。札幌市の中心地にありながら、なんと広い土地だろう。東大の比ではないこの広さ。学内を縦横に走る広い道の各所にここは何学部、ここは何学部とはっきりとした形で表示されている。親切な案内である。図書館は残念ながら入口が改装中。
仲間が一人で守っている会場へ夜訪れる。もう何ヶ月も新しい仲間は来ていないそうである。いろいろ考えさせられる。毎週何十人も来てみんながしゃべれない都内の自分のところの会場の悩みとは対極をなす。良いとか悪いとかではなく、それぞれの現実だと思う。この会場を守っている仲間は先を行くメンバーだが、2002年の深川で同じときにコンファレンスに出た仲間だ。翌年の後期のときにはこれまた一緒に全体会議の議長にあたった。くじ引きで決まる議長を一緒にやれて、その後のつながりもよりしっかりしたものになった。
ミーティングをあとにし、札幌市内で一泊してまた東京へ。ほかにもいろいろあったがまあこんなところで。
古くから全体サービスの専従をしていただいてきた仲間の最終就業日。その知らせを聞き、新千歳から羽田に戻ってきたその足で駆けつける。最近よくちょっとした花束を買うことが多い。花はやはりメッセージである。感謝、愛情、友情、いろいろ……。
時間的にあまり滞在できなかったが、最後に行けてよかった。自分と個人的に回復の手助けを手伝っていただいている大切な仲間でもある。
偶然だが自分のグループが滅多にない休みの日だったこともあり、前々から行きたかった埼玉西のグループへその仲間と同行。大変盛りだくさんな二日間であった。